これからも前向きに 名大社会長ブログ

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就活解禁前日の長い一日

昨日は「中日新聞×名大社 ジモト就職応援フェア」。
就活スタート前日に開催されるビッグイベント。
225社の企業に参画頂いた。

コラボレーションの「アスプラ東海リーグ」を併せれば250社となる。

名大社のほとんどのメンバーは現場となる吹上ホールへ直行。
僕も9時過ぎには会場に到着していた。

昨日はあいにくの雨。
そして、同業他社もイベントを開催していたため来場数に不安があったが、
結果的には杞憂に終わった。
2200名を超える多くの学生さんが参加してくれた。
僕も終日会場にいて長い一日となった。

イベント開始前にスタートした「シゴト発見インターン」の発表会。

学生4チームが学生広報として取材した企業の魅力をプレゼン。
僕は審査委員長としてプレゼンしたチームを評価し最優秀賞を決める。
今年で3年目の企画だが年々レベルは上がっている。
甲乙つけ難く、心を鬼にして表彰したが、すべてのチームに最優秀賞を渡したかった。

11時にイベントはスタート。
今年の学生の動きは鈍いといわれるが、解禁直前となればそれなりの緊張感も生まれてくる。

あちこちのブースや講演会場で学生が真剣な態度で臨んでいた。

このイベントにはうちの娘も参加。
帰宅後、話を聞いてみると8社の企業を回ったという。

なかなか、やるじゃないか。

まずはいろんな企業の話を聞くことが大切だ。
少しでも自分の価値観とマッチする企業と出会ってもらいたい。
人生のほとんどは偶然からスタートするのだから・・・。

17時までのイベントだったが、多くの学生さんがギリギリの時間まで企業ブースで面談をしていた。
相当疲れた一日だっただろう。

それはうちのスタッフにもいえること。
一日中、立ちっ放しで受付から場内での案内係まで学生さんや企業の対応を行っていた。
僕の役割は審査委員長だけだったので、あとはずっと会場内をウロウロしていたくらい。
会場を歩きながらスタッフの動きも観察していた。

すべてのメンバーが学生さんや参画企業のために動き回っていた。
お互いに指示を出し連携も抜群。
この一体感が名大社の最大の強みであり誇り。

その動きを見ながら僕は感心するばかり。
自社メンバーを褒めるのはどうかとは思うが、みんな素晴らしかった。

こうして長い一日は終了。
そして、今日は就職活動解禁。
名大社としては「ミライ発見就職フェア」を開催。
今朝の日経新聞に少し紹介されてましたね(笑)。
朝の講演と夕方の対談で僕もたまには貢献する。

昨日はお疲れ様でした。
そして、今日も張り切っていきましょう。

年末なので、いつも通り今年を振り返ってみる

2018年もあと今日と明日を残すのみ。
毎年年末にその年の振り返りを行っている。
ブログでは会社ではなく個人のこと。

これも恒例行事。
こうしてブログに残しておくと、その年年でどんな状況であったがすぐ分かるのがいい。
興味のない方はどうでもいいだろうが、今年一年を振り返りたい。
本当は3ヶ月に一度は見直すと今よりは成長するとは思うのだけれど・・・。

ブログは月21本×12ヶ月=252本と毎月ノルマ通り書くことができた。
相変わらずの玉石混淆状態。
いや、ほとんど石ばかりかもそれないが、それでも続けることができた。

大きな要因としては一度も体調を崩すことなく、
元気に健やかに安定した毎日を過ごせたことにある。
そんな意味ではこの頑丈な体とそれを支えてくれた家庭に感謝。

僕は2018年に以下の5つの個人目標を立てた。

・新たな領域にチャレンジする
・くどくする。同じことを何度も言う
・対話を増やす。承認欲求にも答える
・異業種を学ぶ
・ルーティンを大事にする

かなりアバウトな目標だが、それぞれ詳細も書いている。
ただここではかなり長くなってしまうので、解釈と結果を残しておきたい。

 

・新たな領域にチャレンジする
⇒ここでは会社の価値、自分の価値を上げるためのチャレンジを示していた。
大きなことで言えば南山大学の非常勤講師の仕事。
これは完全に新たな領域。
自分が大学の先生をやるなんて少し前までは全く考えていなかったが、
ひょんなことから貴重な機会を頂いた。
2ヶ月強とはいえ週2回の授業は大変だったが、自分にとってもいい経験となった。
一緒にやってくれたニシダとサポート頂いたゲストには改めて感謝。

他には、ふるさと就職応援ネットワーク(Fネット)の会長、
株式会社パフの社外取締役就任もそう。
同業界の仕事だが、新たな領域であることは変わらない。
まだ戸惑うこともあるが自分にとっては有難い場でもある。

チャレンジするだけでなく実績を残さねばならないけど・・・。
それ以外にも大学の後援会長やロータリーの役割も同じようなことが言えるかもしれない。

ここで僕がこの一年で感じたことを話しておきたい。

僕自身、大した能力は持ち合わせてはいない。
それは謙遜ではなく、自分自身に感じること。
そのために僕の中では日々のルーティーンが必要。
そのことは下の項目で・・・。

ただ僕が名大社の社長というラベルがいい具合に循環し、
知らず知らずのうちにチャレンジするチャンスを頂く。
どの領域も自分で売り込んだのではなく、周りから要請されたもの。
それはそのラベルに対しての少なからずの信頼感であっただろう。
だとすれば、今後、僕はそのラベルを本当のレベルの変えていくことが求められる。
そんな時期に達してきたのだ。
今後の成果が重要だが、一つ目の目標はクリアしたといえる。

 

・くどくする。同じことを何度も言う
⇒これは1回話しただけでは伝わらない。
何度でも繰り返し言わなければ伝わらないので、くどくなろうという意志を示している。
実際どうだったか?
現実はまだ足りない。

僕が理解されているだろうと思っていても、そうではないケースは多い。
それは相手が悪いのではなく、自分自身が足りない。
もっと何度も何度もメッセージを発せねばならない。
言葉は重要。
もっとくどくならないといけない。

 

・対話を増やす。承認欲求にも答える
⇒こちらもまだまだといえるだろう。
「社長にランチをたかる会」は継続しているものの、どこまで対話しているかは疑問。
若手勉強会だけでなくN4との勉強会もやると書いたが、一度も実現していない。
若手の方だけでいっぱいいっぱいだった。
承認欲求にも答えていないだろう。
反省・・・。

 

・異業種を学ぶ
⇒ここはやれたところとそうでないところと混在。
今のスケジュールでいえばこれ以上、自分が手を広げれない。
経営者としての実質的な学びを目的とした目標だが、時間的限界があったのも事実。
すでに加盟している団体(西川塾、壺中の会、ロータリー、クラブ愛知、那古野塾)以外の
活動を求めたわけだが簡単ではない。

ただ今年は中部経済同友会にも入会。
名だたる企業のトップの方が並ぶ中で場違い感を感じるもののこれも学ぶ場。
来年はもう少し機会を増やしていきたい。

自分たちが企画した「名古屋ファミリービジネス研究会」も異業種を学ぶ場だった。
いい関係性もできたし、勉強させてもらうことも多かった。

 

・ルーティンを大事にする
⇒これは毎年の自分に与えたノルマをどうこなしていくか。
一つ目の振り返りで書いたように自分の能力を上げていくにはルーティンが必要だと考えている。
言い換えれば自分への危機感の表れだが、
いい意味でそれを自分の健全な行動として捉え、興味、関心事項へと持ち込んでいく。

ブログは目標クリア。
読書は50冊の目標に対して63冊。
ここにはこれまで読むことがなかった漫画も含まれているので微妙。
漫画とはマンガ日本の歴史、昭和天皇物語やレモンハートだったり・・・。
息抜きに読むのも必要(笑)。

映画は映画館鑑賞が30本目標で30本。
ぴったし作品数。
マラソン月100km目標のクリアは2回のみ。
もしかしたらこの2日間で3回になるかもしれない(笑)。

ジム週1回は行くことができなかった。
通常の日記は当たり前だが毎日クリア。
ルーティンもある程度はこなせるようになってきたが、
もっと高いレベルに押し上げないといけない。

 

これが個人目標の結果報告。
来年の同時期に改めて自分で読むとどう感じるのだろうか。
その時の状況により感じ方も違ってくる。

この2018年は相変わらず飲んだくれてもいたが、大忙しの一年だった。
もっと余裕を持つべきといつも考えるのだが、
僕のような貧乏性にはそんな時間の方が充実している。
しいていえば家族サービスがゼロに等しいが、
これはあまり求められてなさそうなので・・・(笑)。

2018年のブログは今日で終了。
一年間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

2019年も元旦からぶっ飛ばしていきますので、引き続きお付き合いくださいませ。
よい年をお迎えください。

10年目

昨日は12月20日。
僕が名大社の社長に就任したのは2009年12月20日。
対外的には翌年5月の就任だが、手続き上はこの日。
早いもので10年目を迎えることになる。

就任当初、10年後のことなんて全く考えていなかった。
それは当たり前の話。
社長になることが決まったのが12月10日。

その1ヶ月前に副社長に就任したに過ぎない。
何の準備もないままそのポジションを与えられたわけだから、
10年後が想像できないのも理解してもらえるはず。

それにしても時間の経過は早い。
それからもう9年の時が過ぎていったのだ。
この9という数字は今振り返れば何かと縁があるといえる。

僕が名大社に入社したのは1989年。
社長就任が2009年。
来年2019年は名大社が50周年を迎える年。
結構節目ともいえるんだよね。

今、僕の社会人生活は30年目。
30年近い社会人生活で9年が社長業。
社会人生活の1/3を社長として過ごしている。
これは自分でも不思議。
とてもそんな時間の長さを感じない。

20代の1年間と今の1年間と明らかに時間のスピードが違うような気がするが、そんなわけない。
ただこの9年間はあっという間。
実感はないが、社内を見渡せば若いメンバーが圧倒的多数なので、当然のこと。

では、この9年間で何を残せてきただろうか。
名大社という会社で胡坐をかいていただけじゃないだろうか。
確かに組織は変わった。
社風、文化も変わった。
事業領域も少しずつ変化している。

しかし、大きなことを成し得たかといえばそうではない。
過去の遺産を繋いでいるだけのこと。
企業価値を大きく上げたとは言い難い。

もしかしたら今まではそれで許されたかもしれない。
多少なりとも評価されたかもしれない。

だが、この先を考えればこのままで許されない。
会社も50周年を迎え、僕自身が10年目となるこれからは間違いなく次のステージに向かわねばならない。
会社も僕も評価されるかもしれないし、その逆もあり得る話。
むしろ何もしなければ評価を大きく下げるだろう。

社長として求められることも10年前とはまるで違うのだ。
それをまず自分の中に徹底して意識しなければならない。
どうしても日々の慌ただしさの中で、その意識がうやむやになってしまうこともある。

求められるのはこれからの社長としての仕事。
10年目を迎える今だからこそ、自分に問い、課さねばならない。

今年もやります!高山で!

昨年は岐阜県から頂いた仕事で「採用ノウハウ伝授セミナー」と称し、
岐阜の各地区を講演活動で回った。
そのひとつが8月の高山。

当日のセミナーを終え、まっすぐ帰るのが勿体なく、高山の名店で食事をすることにした。
その時のブログが「食べ物のはなし 番外編 高山その1」
これには続きがあって、こちらへと続く。
なんともお粗末な終わり方をした高山巡業だった。

過去のブログを読むのが面倒な方に教えておこう。
簡単にいえば、ぐうたらに飲んでいて、電車に乗り遅れ大変だったということ。
まあ、旅行先、いや、出張先ではよくあるケース。
そう驚くことではない。

しかし、いつまもでも頭にこべりついている高山の恥ずかしい思い出。
そんな高山で今年も講演の機会を頂いた。
前回は一般企業の採用担当者向けだったが、今回は旅館の経営者・人事採用担当者向け。
これも岐阜県から受託している「旅館・ホテルシゴト体験ツアー」の一連の事業。

高山や下呂の旅館に一泊二日のインターンシップをしてもらうのだが、
そのインターンシップ先が採用に苦労しているのも事実。
地域性や業種の特殊性もあるだろうが、最新の採用事情を知っておく必要はある。

僕の立場としては敢えて厳しめに今の状況を伝え、自社に対して危機感を持ってもらうこと。
旧態依然としたやり方しかしていない旅館も少なくない。
先端の手法を即取り入れましょうというつもりはないが、知識を得るのは無駄じゃないはず。
そこから自社向けにアレンジしてもらいたい。
そんなことを伝えられたらいい。

この日は僕とキャリアコンサルタントの田中宏幸さん、そしてコンビをよく組むニシダとの3人で行う。
それが明日。
13:30~15:30まで高山市民文化会館で開催する。

せっかく高山にお邪魔するので、ゆっくりしたい。
ただ前回のような恥ずかしいことはしたくはない。
ここのところあまり休むこともなく仕事をしていたので、翌日はゆっくりさせてもらう。
いくら飲んだくれても大丈夫なように宿泊することにしたのだ。

もうこれで安心。
電車に乗り遅れることはない。
余計な心配をしなくていいのだ。
そう考えると明日のこのセミナーにも俄然とヤル気が湧いてくる。

田中さんやニシダがどこまで付き合ってくれるかわからないが、
県の担当者に名店を教えてもらい参戦することにしたい。
まずは明日のセミナーをしっかりこなすことだけどね。

クレドをどう進化させるか

現在の名大社のクレド。
すなわち行動指針はこれ。

≪名大社way 7つの約束≫
私たちは東海地区を基盤とし、地域社会に根差した事業を行います。
私たちは人と企業の架け橋となり、地域の活性化に貢献します。
私たちは人と企業が「リアル」に出会うことの価値を追求し、良質なマッチングの機会を提供します。
私たちは私たちの事業を通し、企業を識り、仕事の喜びを伝え、人と企業の成長に繋げます。
私たちは困難なことにも前向きに取り組み、それをやり遂げることに楽しみを見出します。
私たちはチームワークを大切にし、互いに切磋琢磨し目標に向かい行動します。
私たちは一歩先を読み、スピーディーな対応を心掛け、何事にも迅速に行動します。

これを策定したのが2013年4月。
それぞれの項目に詳細が書かれてはいるが、大きな項目としてはこの7つ。

こんな感じでIDケースに入れ携帯している。
行動指針を示すために朝礼の場で、全社員が持ち回りで自分の取り組みや感じたことを発表。
個々人の温度差があるのは否めないが、これが会社にとって重要な指針。

作成時は全員が参加し、このクレドを作成してきた。
そこから5年。
名大社の果たすべき役割や事業ドメインも変化してきた。
作成時を知らないメンバーも増えてきた。

そのため今回、このクレドを見直すことにした。
それを今年入社した新人も含め全体で行う。
変更点、改善点、追加点を含めた研修を今週月曜に実施。

個人の提案をグループで協議し、全体発表を行う。
僕が気づきもしなかった意見も出たり・・・。
この1回の議論の場で作成することは考えていない。

まずは一人ひとりがどう感じているか披露することが大切。
それぞれが名大社への想いがあり誇りがある。
それをどう全体感で捉えていくか。
しばらく時間はかかるだろうが、有意義な場となった。
僕自身の足りなさも実感した。

今期は賃金規程を含めこれまでの規定やルールを見直し、
会社は新たな方向に舵を切り始めている。
それが会社を成長に繋がると信じ、取り組んでいく。

その中でも最も重要なのがクレド。
どう進化させていくか。
しばらく向き合っていく時間が必要になるが、いいものを作っていきたい。

東京で何を想う

今週、木曜・金曜は東京出張。
忙しい時間を過ごさせてもらった。
午後に向かったのは豊洲方面。
初めて「ゆりかもめ」に乗った。
お台場って、あんな感じなのね。
電車から外をぼんやりと街の風景を眺めていた。

向かったのは新市場ではなく、その手前にあるテレコムセンター。
ここにオフィスを構えるITベンチャー企業との情報交換。

そのオフィスも経営者もイマドキ。
ネットメディアに登場しそうなメンバーで新鮮であった。

終了後は九段下へ。
こちらは新鮮とはいえないご存知パフさん(笑)。
9月に社外取締役に就任し、今回、初めて役員会に出席。
自社以外の役員会に参加するのは当たり前だが初めてのこと。
詳細をここで書くわけにはいかないが、
前期の業績を振り返り、今期の進捗状況を確認しながら、議論を行った。

目標設定や評価の在り方も名大社とは全く異なる。
同業とはいえ、お互いの強みは全然違うので、議論の中身も違って当然。
そんな意味ではとても新鮮だった。
あまり役に立つような意見は言えなかったが、
まあ、次回以降ということで…(笑)。

役員会を終えてからは
築地ではなく九段下のお寿司屋さんで幹部メンバーと親睦を深めた。
もうそれなりに仲はいいんだけどね。
日本酒でいい感じに酔っ払う。

翌日はふるさと就職応援ネットワーク(Fネット)絡みの一日。
朝から幹事会、大学委員会、例会と続く。
この7月から会長を務めていることもあり、すべての会にどっぷりと浸かる。

メインは午後からの例会。
いつもはパフさんのセミナールームで開催するが、
この日は同じビルの1階にあるディスパさんのセミナールーム。
Fネットとは直接接点はない同業だが、快く会場を提供して頂いた。
ありがとうございました。

こんな看板まで用意して頂いて・・・。

この日はてんこ盛りの内容。
Fネット理念の再定義から始まり、各社との情報共有。
情報共有だけでも20社近くあるので、これだけでも相当時間は掛かる。
しかし、各社の取り組みが大いに参考になるので外すわけにはいかない。
最後の方はかなりマキが掛っていたけど・・・。

そして、ゲストはProfuture株式会社の寺澤社長。
「これからの新卒採用を占う」というテーマで1時間ほど話して頂いた。
名大社は毎年、Profutureさんの新卒採用データを購入しており、
僕もこのデータを使って、あちこちで喋らせてもらっている。
とても助かっているデータだ。

例会終了後は恒例の懇親会。
この場での情報交換も重要。
外にはオープンにできない話で盛り上がることも多い。
入会間もない加盟会社もあり、ここで新たな人間関係も築いていく。

こんな感じで盛り上がり終了。

僕は最終ののぞみで名古屋に戻ったが、
残ったメンバーは昭和なスナックでバカ騒ぎをしていたようだ。

こう報告すると、特に何を想っていたわけでもないな。
充実した時間なのは間違いないけどね。

2日間、お疲れ様でした。

50周年を前に・・・

名大社は来年で50周年を迎える。
ひとつの企業が50年継続するのは簡単ではない。
会社の平均寿命が23.5年と言われる中でその倍以上、
維持するのはそれなりに褒められてもいいのかもしれない。

その50年を迎える段階で僕が代表であるのも光栄なこと。
更迭される可能性はゼロではないが、
今のまま推移すれば僕の代で迎えるのは間違いない。

それは僕が偉いわけでもなんでもなく、
たまたまその時期に代表を務めているに過ぎない。
会社の2/3の歴史しか知らないわけだし・・・。

50周年を迎える来年は様々なイベントを考えている。
記念パーティーも企画すれば、社史の編纂も進行している。
社内ではまことしやかに海外旅行に行く噂が流れている。
そんな話はしていないぞ。
勝手に決めるな(笑)。

だが、そんな時を迎えられるのは、
これまで会社を支えてきたOBの活躍があったからこそ。
今週火曜日はレジェントと呼ぶべき先輩方と久々に酒を酌み交わした。

僕より先輩の現役社員と10年振りに会う先輩らも含め、
楽しい時間を過ごさせてもらった。

ここでは僕は最年少。
今の役職があるとはいえ一番下っ端。

一気にタイムトリップしてしまう。
戻りたくない時代の話もあるが、そんな経験を積んできたからこそ今がある。
昔は超厳しかった元役員も今は和やかに話せる存在。

話題は尽きず、瞬く間に時間は過ぎていった。
そんなOBが仰るのが、「今も名大社が元気であるのは嬉しい。」ということ。
TVCMなど会社の名前があちこちに出ることでその存在に安心感を持つという。
そう見てもらえるのも有難いこと。

あくまでも来年は50周年。
しかし、それは通過点でしかない。
その先も会社が存続していくことが大事。
それも社会に認められる存在として存続していく。
う~ん、頑張らないとね・・・。

そして、いつか僕が先輩のような存在になり、名大社の活躍を喜んでいる。
そんな時が迎えられたら嬉しいだろう。
そんなことを感じたOBとの親睦会。

先日はお疲れ様でした。
これからも応援してください。
本格的に記念行事を考えていきます。

まだまだイベントは続く

昨日、自社採用についてのブログを書いた。
理由は分からないが、いいね!がなぜか多い。
facebookのいいね数はいつもと変わらないのに・・・。
誰かが嫌がらせでもしたのかな(笑)。

そんな昨日があり、もう今日は金曜日。
一週間は早い。
今日は来春卒業予定者向けの最後のイベント「ジモト就職フェア」。
この10月が最後の合同説明会。
この売り手市場の環境では就活中の学生さんの数は少ない。
それでも来てくれる学生さんを懸命にサポートしていきたい。

明日は「エンジニア転職フェア」
技術者向けのイベント。
即戦力の方も未経験の方もこの場でいい出会いがある事を期待したい。

この2つのイベントで僕の出番はない。
会社のコア事業はそれぞれのメンバーに完全に任せきり。
その方が効率的に回るので、僕は静かにしておいた方がいい。

そんな週末だが、今週もイベントは多く、僕はそれなりに動き回っていた。
月曜日は南山大学での授業。

ゲストスピーカーに株式会社青柳総本家の後藤常務を招き、
キャリアについて語ってもらった。
その生き方や考え方は相当参考になったはず。

火曜日は「あしたのチーム」さんとのコラボセミナー。

最近、その企業名を見ない日がないほど、勢いのある会社。
名大社の多くのクライアントに参加してもらい、
人が辞めない人事評価について語ってもらった。

水曜日は月1回の名古屋ファミリービジネス研究会。

この経営者向け勉強会も気づけば4回目。
今回は事務局でもある斎田さんが講師として登壇。
財務戦略を中心に学びを共有。

火曜も水曜も僕は最初の挨拶のみ。
簡単に終わるはずがベラベラと喋り、なかなか終わらないのが特徴(笑)。

そして昨日は愛知県東三河事業で愛知大学豊橋校舎へ。

僕は学生向け講演と人事担当者とのトークセッションのファシリテーター役を担当。
これから始まる就活の心構えを話させてもらったが、
前半に関係のない話をしすぎ、肝心な話をほとんどせずに終わってしまった(笑)。
学生は熱心で終了後も質問が途絶えなかった。
僕ではなくトークセッションに参加した人事の方だったけど。
当たり前か・・・。

ここ最近、週末は同じようなブログばかり書いている気がするが、
今週もあちこちで舞台に立たせてもらう機会が多かった。
その分、自分のデスクで仕事をする時間は少なかった。
その方が会社は健全だったりして・・・。

こうして毎日イベントのお祭りような日々はありがたい。
今日も明日もあるけどね。

喋りすぎなのか・・・

最近、喋る仕事が多い。
喋るといってもベラベラ無駄口を叩いているわけではない。
きちんとした人前で話している仕事である。

おかげで会社で仕事をする時間がなく、時間に追いまくられている。
少し前までは夜が忙しく、昼間は余裕があったが、最近はそうでもない。
先週はコンビニ弁当を10分程度で済ますことも多かった。

とってもありがたいことではあるが、
本来の業務がどこかに飛んでいってしまう。
それでは困るんだけどね。
そのうち社内メンバーに叱られそうだ。
もう、叱られているか・・・(笑)

その大きな割合が大学での授業。
週2回の授業のため、かなりの時間が割かれる。

準備もしなきゃいけないし・・・。
200名のレポートも毎回あるし・・・。
先週なんて僕の段取りミスで大きなチョンボになりかけた(汗)。
チカちゃん、ごめんね。

ちなみに先週の喋った仕事は月曜、木曜の大学以外に、
火曜はロータリークラブの60周年記念式典・祝宴の司会。
台本があり、それをきっちり読み上げるのが一番難しい。
なぜかこの役がよく回ってくる。
みなさん、誤解してますね(笑)。

水曜は三重大学生物資源学部での講演。
就職活動の心構えについて話させてもらう。

今週もそんな仕事は多い。
大学の2回はゲストスピーカーを招いての授業なので、いつもよりは喋らない。
少しラクをさせてもらう。

しかし、今日の夜は若鯱OB会に招かれ夜から講演。
水曜は愛知県から依頼を受けた東三河事業での講演。
豊橋商工会議所で経営者・人事担当者向けに講演をすることに。

どの会も同じ内容で同じことを喋るだけならいいのだが、
同じことがひとつもない。
フ~ッと息をついているうちに次のネタの準備をしなければならない。
そのネタが湯水に沸いてこればいいのだが、そんなはずもなく、
あちこちのネタを引っ張り出して、古いものと新しいものとくっ付けたり・・・。

最近、喋りすぎだな。
仮にこれで仕事が成り立つなら独立してもいいな。
独立した途端、オファーは来ないと思うけどね(笑)。

何だか言い訳のようなブログでした。

リーマンショックから10年

この9月でリーマンショックから10年。
月日の経過は早い。
今週、日経新聞でもその特集を組んでいる。

このリーマンショックが我々の業界に与えたマイナスの影響は大きい。
しかし、見方を変えれば、このリーマンショックがなければ、
僕がこうしてブログを書いていることはなかった。
名大社の社長にもなっていなかっただろうし、
今、どこで何をしているかも分からなかっただろう。

その時期、個人的にも会社的にもどん底だった。
いい機会だと思い、その当時の日記を読み返してみた。

2008年9月。
この時期は僕は組織から外れ一人営業として黙々と仕事をしていた。
厳密に言えば、モチベーションは下がっており、
会社を辞めようと考えていた。

人材紹介会社に顔を出したのが、リーマンショックの数日前。
会社の業績が日ごとに落ち込む姿を見ているうちに転職活動は止めてしまったが、
もしリーマンショックがなければ今は別の会社で働いている可能性が高い。
会社の業績が落ちる共に退職者も続出し、
自分が辞めるのはいかにも無責任と感じたのだった。

それから一年程は壮絶な日々だったが、
今思い返せばその時の判断は間違っていなかった。
その1年半後、僕は会社の代表になった。

今、こうして会社の代表としていられるのはその当時に経験があったからこそ。
そう思うとリーマンショックには感謝せねばならない。

ただ同じようなことが起きて欲しいかといえば、そうではない。
もうあのような経験はこりごり。
誰もが避けて通りたいはず。

だが、日経新聞の記事を読んでいるとその危うさも感じる。
元グッドウィル・グループ社長で現ブロードキャピタル・パートナーズ代表の折口氏は
日経トップリーダーの講演でこのようなことを言われていた。

「アメリカはリーマンショックからいち早く立ち直った。
日本はその立ち直りに時間が掛かりすぎている。」
そのようなことを言われていた。

それはアメリカに力があり、日本は力不足と受け取れるが、
それは果たして悪いことなのだろうか。
経済通でもない僕はよくわからないが、
あまりにも傷の治りが早いと傷の痛さを忘れてしまうとも思う。
そうならないでほしい。

ただ時代は繰り返すという。
確かリーマンは100年に一度の大不況といわれていた。
その言葉を信じれば、まだずっと先のことだが、
最近の世の中の動きをみると過去なんてあてにならない。

僕自身もリーマン当時のことを忘れかけている。
それだけは忘れてはならない。

あれから10年経って、急にそんなことを感じてしまった。