これからも前向きに 名大社会長ブログ

映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」

とてもズルい作品である。

今でも上映上映されている
「るろうに剣心 最終章 The Final」

これを観た大半の方が今回の本作が気になって気になって劇場に足を運ぶだろう。
まるで続編を観るような感覚で・・・。
そして本作を観た方は2012年に公開された第一作「るろうに剣心」を改めて観ることになるだろう。
そのループは続き、第2作第3作へと繋がる。

実に巧みな集客方法。
DVDやAmazonプライムでつい観てしまう。
僕も今、そんな衝動に駆られつつある。

それだけではない。
大友監督はNHK出身。
大河ドラマ「龍馬伝」も撮ってきた。
音楽は映画と同じ佐藤直紀氏。

偶然かもしれないが、現在の大河ドラマ「青天を衝け」も佐藤氏が担当。
音楽家の特徴はどの作品にも反映される。
映画のラストシーンに近い音楽は「龍馬伝」のオープニングに似ていた。

そして、もっと大事なのが時代背景。
本作でも「禁門の変」のシーンがあったが、「青天を衝け」でも先日、描かれていた。
違うのは幕府側からの視点か、半幕府側からの視点か。

僕は歴史に詳しくはないが、通はその点の描き方も見逃してはいない。
同じタイミングで放映する練り込まれた仕掛け。
同じ新選組を登場させるもドラマは土方歳三を、映画は沖田総司をクローズアップ。
ドラマでは沖田総司の存在感なんて全くない。
う~ん、ここまで凝るとは・・・。

それがズルい作品と思う理由。
考えすぎ?(笑)

本作はこれまでのシリーズと比べると殺陣のシーンは少ない。
恋愛ドラマ的な要素が強い。
佐藤健と有村架純とのラブシーンに心躍らされるファンもいるだろうが、
滅多切りの場面を期待するファンも多いはず。
どちらが好まれるのか。

偶然だが6年前の映画「何者」では、この2人が大学生として微妙な関係を演じている。
微妙な関係がいいコンビなのかな。

映画とは関係ないことばかり書いたが、これだけ話題性のある作品。
敢えて多くを語らなくてもいい。

きっと興行成績も、その後のループも期待できるから。
うん、ズルい作品だね。

十分楽しめました。

新L型経済

このおっかない2人の対談(笑)。
現場の編集者はピリピリした雰囲気の中で対応するのは苦労するんじゃないのかな。
意外と和気あいあいと進んでいたりして。

最近、書籍はAmazonばっかり、それもkindle比率が高い中で、
久々にジュンク堂書店で購入。
たまには書店でフラフラと眺めながら、ふと手にした書籍を買うのもいい。
そんな感覚も大事にしたい。

表紙だけ見るとこの2人が対等に対談しているように思えるが、
どちらかといえば田原氏はインタビュアーに近い。
圧倒的に冨山氏が語っている。

僕の偏った見方だが、田原氏は冨山氏からこれからの経済を学んでいるようにも感じる。
やはり現場の実践者でないと語れないことが多い。
そんな意味では田原氏は政治面での特徴を本書では語る。

互いの持ち味を発揮していることになるのだろう。
先日のブログでも大学の授業について書いた。
答えのないことに向き合うのが重要と伝えていくのだが、
それに合致するような対談もあった。

日本の政治家は答えが出ない場面が苦手だと。
G7のような会議での議題は正解のないものばかりだが、
そんな場で日本の政治家は発言しないという。

そんな教育を受けていないので、できないのが理由。
だからコロナのような正解のない問いには答えられない。
なるほど・・・。

ビジネスの世界も正解がないことばかりだが、
そこでは無理やりにでも正解をださなきゃいけない。
ここで試験優等生タイプの難しさがでるようだ。
僕の授業は間違ってないね(笑)。

話は逸れたが、これから企業が生き抜くためには、
自分を鍛え答えを導く能力を身につける必要がある。
それができれば、むしろローカル経済圏の方が豊かになる。

本書ではGAFAの弊害も含め、地方経済の可能性を示す。
名古屋がどちらに属するかはともかく、
名大社はローカル経済圏で生きると認識したほうがいい。
その中でやれることは多い。

冨山氏はいつも経営者に対しての指摘は厳しい。
そのほとんどがダメ出し。
「ゾンビ企業」には完全撤退を誘う。
一方でローカルな企業へはエールを送ると共にチャンスであるとも訴える。

どう捉えるか。
東京都の経済成長率の低さ(全国47都道府県中38位)と先進国ほどローカル経済が伸びている事実。
僕らにとっては勇気づけられるデータになるのかも・・・。

エッセンシャルワーカーが地方での中産階級となり経済を牽引する。
その可能性が高いとすれば、まだまだ自分たちにとってもチャンスは広がる。

元気づけられる1冊となった。

食べ物のはなし 伏見シリーズ その184

緊急事態宣言の解除まであと5日と迫りました。
いきなり昔のようにとは思いませんが、
少しは緩和されるのでしょうか。
もしくはマン防とやらで別の制約が出てくるのでしょうか。

今は指示に従い、来るべき明るい未来を待つのみです。
先週は錦3丁目でした。
今回は再び住吉町へ戻りましょう。

元々、明治屋さんの建物は駐車場になっています。
この写真では分かりづらいですが、右側の空いたスペースです。

ちょっと古いビルの裏通りは怪しさ満点でそれが魅力だったりします。
それが全面公開になると少々寂しかったり。
見られたくない顔を見られてしまったり。

飲み屋街の裏手にはいろんなドラマが生まれます。
30年前、僕はこの界隈で何をしていたのでしょうか。
懐かしさが涙を誘います。
そんな時期から、いやその遥か前から営業されているお店に行ってきました。

「夜来香 栄本店」さんです。

間近から撮っているので看板がはみ出ます。
昭和30年創業のこの辺りを代表する老舗中華です。

自慢は餃子ですが、ほとんど食べたことがありません。
ランチには餃子はなく夜勝負なのが理由。
夜は20代の頃、たまにお邪魔した記憶です。
当時の飲み方は今と違っていました。

この類のお店でお腹を膨らませ、BARに出掛ける、そんな日々でした。
あくまでも勝負は2軒目。
お店にはかなり失礼ですね・・・。

話が逸れました。
お昼はお昼で勝負する必要があります。
こちらのランチはALL670円で8種類あります。
定番はチャーラー。
もしくは日替わりランチに近い3品料理ランチ。
通は青菜焼きそばランチを頼むのでしょう。

しかし、ここは人気食べ物ブロガー。
そんな短絡的なオーダーはしません。

あくまでも読者目線。
自分本位でこの商売はやっていけません。

ミニサラランチ 670円

このネーミングにミニサラダを思い浮かべた超単純な方はいませんか?
まだまだですね。
ご覧の通り、ミニ皿うどんが正解。
それと炒飯の組み合わせなんて、60年以上の歴史を持つお店しか考えられません。

こちらのミニ皿うどんはサイズはハーフでも
具材は一人前とさほど変わりません。

腹ペコ野郎には物足りないかもしれませんが、
50代半にば健全というしかありません。

ミニサラに酢をかけて、麺がしんなりした状態で思いきり口にします。
硬い麺がほんのり柔らかくなった食感がたまりません。
そこに炒飯を掻きこむ。
この庶民感覚を大切にしなきゃいけないのです。

今回もお腹をポンと叩き、お店を出たのは言うまでもありません。
ごちそうさまでした。

緊急事態宣言明けのスタートはこの付近になるのでしょうか。

今年も授業をやってま~す!

4年目となる南山大学経済学部の授業が先週からスタート。
科目は「自己とキャリアの形成」。
毎週月曜・木曜の週2回全14回。
回数が1回減った分、1回あたり100分の授業。

当初は受講数によって対面かオンラインか決まる予定だったが、
緊急事態宣言もあり人数に関係なくオンラインでの実施。
昨年同様、会社からオンラインで配信することになった。

授業は今年もテツ&チカのコンビで学生と向き合う。
最近はポジションをニムラに奪われ、コンビ解散の危機が叫ばれたが、
肝心な場面でニムラは役不足のようだ(笑)。

2人の希望としては対面授業だったが、
結果的に132名の学生が選択したため必然的にオンライン対応。

僕もニシダもこんな感じで進めている。

初回は僕がZoomに入れず悪戦苦闘している写真。
笑顔だけは忘れないんだけど・・・。

今日で3回目を迎えるわけだが、この2回の感想でいえば学生の真剣度がハンパない。
過去3年も受けた学生は真面目だったが、今年はさらにその上をいく。
それはニシダも同じ感想。

授業中はビデオオフが前提のためその雰囲気は掴めない。
そのため1回目終了時は少々不安だった。
久々のコンビ復活で掛け合いも本調子ではなかったし・・・。

しかし、振り返りシートを読んで驚いた。
どの項目にもびっしり書かれている。

ボカした画像は特別ではなく、ほとんどの学生がしっかりと書き込んでいる。
それも配布資料の適当な引用ではなく、
自分の言葉で学んだことや感じたことを書いているのだ。
講師の気持ちがそれに左右されては失格だが、俄然、やる気が出てきたのも事実。

少しでも役立つ内容を提供したいと強く思えた。
想いが強すぎたのか、2回目は喋りすぎて時間オーバーとなりニシダに迷惑を掛けた。

驚いたことに学生は僕が一方的に話す些細な言葉もしっかりと拾っている。
迂闊な発言や脱線話を強みとする僕としてはとても難しい判断だが、
そんな内容がなぜか響いたりする。
本来、迂闊な発言は素通りしてもらわないとまずいけどね(汗)。

この授業では就活のノウハウやテクニックは一切なく、
あくまでも変化に対応できる人材を目指すために必要なことを学ぶ。
そこには正解はなく、自分の頭で考え、自分で選択をする。
自分なりの考えを持つことが大切で、人と違っても問題はない。

そのため僕とニシダという180度異なるキャリアを惜しみなく開示。
ガイダンスではそんな人の歴史から(大した歴史じゃないが・・・)学んでもらう。
それを参考に自分の可能性を見出していく。

たった2か月間だが、少しでも自分の未来に繋げてもらえれば幸いだ。
時には熱く真面目に、時には掛け合い漫才のように、僕らも楽しみながら授業を進めたい。

お互いいい時間を創っていけるといいね。

コロナ倒産の真相 帝国データバンク 情報部

特に難しいことが書かれているわけではない。
日々、新聞やTVの報道で観る中身。
それが具体例を持ち、また変な感情論を省いて書かれている。

この第三者的な立場の冷酷さが今の日本の現状であり、
更に近い将来予測されることとなるのだろう。

コロナによる打撃は名大社の事業においてもかつてない大きさ。
リーマンショック時も酷かったが、今回も負けず劣らず。
そんなことを威張っても悲しいだけだが、それが現実。

違いといえばリーマン時は仕掛けることができたがコロナ禍ではそれができない。
制約の中で事業を行わなければならない辛さがあった。
新たな事業を生み出せばいいのだが、それが簡単にできれば苦労はない。
指をくわえて見ているわけではないが、
部外者からすればそう捉えられるのかもしれない。

新年度に入り、少しずつだが回復傾向があるのは救い。
ひとりひとりの地道な努力が実を結んでいることが大きい。
それには感謝せねばならない。

本書には「コロナ関連倒産」の定義からその傾向が書かれている。
アパレル、娯楽、観光、飲食、製造業、その他の業界の実態を描いている。
確かにその通り。

今日現在の飲食業のように手の施しようのない業界もある。
我慢に我慢を重ねる。
僕の知り合いにも悲痛の叫びをぐっと堪えて耐える方もいる。
他人に気を配る余裕はないが、その影響度は自分たちの比ではない。

一方で本書で取り上げられる多くの企業はコロナは結果でしかない。
コロナが決定打にはなったが、原因とは言い難い。
コロナ前からの事業低迷、長年にわたる不正、隠蔽、社内での不祥事。

それがコロナにより露わとなり、救いの手を閉ざられたといっていい。
本書を読んで改めて思ったことは普段が大事。
景気のいい時も驕らず、私利私欲にまみれず、
信頼できる関係性を維持し続けることが重要。

経営戦略以前の話で会社は揺れ動く。
実際はそんなバカげたケースばかりではないが、いかにそれが多いか、
結果的に誰も助けてくれない状況に陥るのか、そんなことがいえる。

読んでいて楽しくもないし、大した勉強にもならないが、
反面教師的に捉えるために時々この類を読む必要はある。

巻末に老舗企業の強さについて書かれている。
現在、業歴が100年をこえる老舗企業は全国に約34,000社。
そのうち約8割が年商10億未満の企業。

そんな企業は「戦争」さえも乗り越えている。
どう乗り越えてきたか。
いくつかの理由はあるが、結局のところ「変化」。
そして「信頼の維持・向上」。

どんな時代でも肝心なところは変わらない。
そこだけは見誤らないようにしないとね。

映画「いのちの停車場」

日本映画界は吉永小百合が生存する限り、
彼女をアイドルとして作品を作り続けなければならない。
そう感じた作品。

いくつになっても吉永小百合は純粋で可憐なアイドルであり、その輝きは衰えることはない。
何故か、ここ最近、僕は彼女の作品を鑑賞している。

2014年 ふしぎな岬の物語
2016年 母と暮せば
2019年 最高の人生の見つけ方

特別なファンではないが、鑑賞券を頂いたりとご縁がある。
自分の母親とさほど変わらない年齢だし、サユリストなんてタモリの発言で知っただけ。

しかし、何とも可愛らしい。
永遠のアイドルといってもいい。
どの作品もそんな印象。

現在76歳だが、本作では50代後半くらいの設定だろうか。
彼女の父親役の田中泯も実年齢76歳。
二人を調べてみると誕生日は3日しか違わない。
同じ3月生まれで・・・。

それが映画では父親と娘。
果たして田中泯は光栄と感じているのだろうか。
とストーリーとは全く異なる世界の話になってしまった。
すみません。
いかん、そのアイドル性をどうしても語りたくなってしまった。

舞台は彼女が診療所の医師として働く在宅医療の現場。
余命短い父親と暮らしながら、いろんな立場や環境の患者と向き合っていく。
人は老いて亡くなるだけでない。
寿命を全うするわけでもない。
悔いなく死を迎えることもあれば、悔いしか残らないこともある。

本作は人との触れ合いの中で観る者に「いのち」の尊さを考えさせる。
それは僕も感じたこと。
これまで死について考えたことはほとんどない。
あまり長生きしてもしょうがない。
いずれは死ぬ。
その程度に捉えていた。

しかし、こんな作品を見せつけられるとそうはいかない。
自分の死について考えざるを得ない。
特に同世代に近いギバちゃんが亡くなるシーンは身につまされた。

本作のメッセージはそれだけではないはず。
そう思うが、感じ方はそれぞれでいい。
そんな作品。

広瀬すずも松坂桃李も爽やかな演技。
暗い話だが重くならないのもいい。
ラストシーンの捉え方は千差万別だが・・・。

こういったアイドル映画を日本映画は作り続ける必要もあるだろう。

食べ物のはなし 伏見シリーズ その183

緊急事態宣言解除まであと11日。
これ以上延長されないことを望むばかりです。
それは人気食べ物ブロガーが願うだけでなく、ほぼすべての方の願いではないでしょうか。

特に飲食業界の方の願いは切実だと察します。
大した貢献もできませんが、少しでも応援しようと過ごす毎日です。

会社から北に向かい桜通り手前まで歩きます。
これもギリギリ伏見シリーズ範囲といえるでしょう。
「魚屋の台所 下の一色 ニシキ店」さんに行ってきました。

後継者である森常務は積極的にYouTubeも活用され、業界全体を盛り上げています。
その華やかさからファンも多いでしょう。
2年前の今の時期に名大社のセミナールームで講演もしてもらいました。

その時のブログがこちらです。
「これからのファミリービジネスの発展のために…」
懇親会も盛り上がり、名物の鯨も頂きました。
こんな懇親会もぜひやりたいですね。

今回はランチです。
ランチメニューはかなり豊富。

何にしようか迷うところですが、なぜか頭の中にアジが泳いでいます。
理由は分かりません。
偶然にも本日のフライ定食はアジフライ。
そうなると鯨でもなく丼でもなく攻めなければなりません。

本日のフライ定食 998円

ド~ンと構えるアジフライですが、その周りを数多くのおかずが並びます。
「お~、いいぞ、さてさて、なにから食べるかな・・・」
まずはうどんです。次にサラダ。
そしてかぼちゃの煮物と比較的正統派の行動をします。

体を整えたところで刺身へ突入。
カツオ、マグロ、サーモンと流れのまま進みます。
時折、ご飯を食べ、みそ汁をすすり胃の中を温めていきます。

そして真打の登場。

かなり大ぶりなアジフライ。
ご飯のお供に最適です。
いけません、唐揚げの存在を忘れていました。
交互に頂きながら満足感を得ていきます。

これだけ並ぶと幸せな気持ちになりますね。
「ふ~、美味かった」
55歳のオッサンらしくお腹をポンと叩きます。

食後のコーヒーはセルフサービスで無料。
ちなみにご飯大盛も無料。
これだけのおかずがあればご飯大盛りは問題ないですが、
ここはぐっと堪えて、コーヒーだけを頂きました。

夜はしばらく我慢を強いられるかと思います。
また、ワイワイガヤガヤと楽しめる日を心待ちにしています。

ごちそうさまでした。

朝礼も変わっていく

最近のブログを読み返すと会社や仕事のことをほとんど書いていない。
映画や書籍や食べ物ばかりだ。

スタッフブログを読んでも同様。
観光ネタを中心に家族であったり買い物系だったり・・・。
たまにイベント告知があるくらい。
本当に仕事をしているのか不安になる方も多いだろう。

社長ブログはそもそも何が仕事かわからないだろ!
そんな声も聞こえてくるが、
たまには会社ネタを披露しないと遊んでいる組織と思われてしまう。
そんなわけで昨日の話。

新年度に入り組織を刷新し会議のやり方も変えてきた。
朝礼もその一つ。
前年度までは毎週月曜に朝礼を行い、僕やタカイ、ミズタニが喋ってきた。
クレドや記念日休暇の発表は社歴に限らず順番に話す。
ある意味、ルーティンな作業。

一週間のスタートをその流れで進める意味もあるが、形骸化している面がなくもない。
リモートワークや振休、有給が重なることも多い。
全員揃うことが稀になってきた。
この先の働き方を考えてもオフィスに揃うことが難しくもなる。

そのため思い切って朝礼は月初の月曜日1回と決めた。
最近は社内連絡ツールも発達しているし。
この日だけは全員出社。
有休も回避してもらい直行もなし。

5月時は既に予定が決まっていたのでできなかったが、6月は全員での朝礼。
全員が揃うのは相当久しぶりじゃないかな。

まず僕が前月の売上、利益の報告、今月の取り組みや現在の環境などを話す。
新規賞やブログ賞も含めて。
ちなみにブログ賞は「ムービーおじさん」だった(笑)。

その後、タカイが人事評価やPマーク審査に伴うパスワード管理法など難しい話。
そして、メンバーの発表。
こちらは従来のクレドから「名大社モデル」の発表へ移行。

初回は2年目になったばかりのマツモト。
新人はG1というグレードからスタートするが2年目は自動的にG2に移る。
それ以降は評価によりグレードが上がっていく。
いち早く上がる者もいれば、その場に留まる者もいる。

各グレードごとに能力を高めるための必要なスキルが決まっている。
マツモトは2年目となり自分の課題を全員の前で発表。
予想以上に堂々として、自分が行うべき行動を明確に示した内容。
1年働くと成長するもんだね・・・。
素直に実感。

以前はメンバーの発表に対し僕がコメントするのみだったが、
今回からは全員がフィードバックすることに。
このような用紙に書き込んでマツモトに渡す。

もちろん書かれた内容は知らない。
本人にとっていいフィードバックだろう。
渡す側も直接言葉では言うのは照れ臭いだろうし・・・。

昨日で45分くらいじゃないかな。
集中力が切れないちょうどいい時間。
少しずつ変化を加える必要はあるが、当面はこのスタイルの朝礼を行う。

間接的ではなく直接的に話す場も必要で、みんなが顔を揃えることで意思統一も図れる。
そんなことを感じた昨日の朝礼。
仕込みはそれなりに大変だけど。
他の会社がどうなのかは分からないが、100社あれば100通りだろう。

たまにはブログで会社の話をしないと(笑)。
もっと話したいこともあるしね。

「三代目」スタディーズ

いつかは忘れたが日本経済新聞の書籍紹介の記事を読み、何も考えず購入。
何も考えずではなく、その「三代目」という響きからファミリービジネスの勉強になるのでは
と勝手に解釈しただけのこと。

確かに勉強になった点はあるが、僕の想像とは異なる視点。
こんなふうに「三代目」を捉えるんだと・・・。

通常、「三代目」といえば僕に近い観点が働くと思う。
「売家と唐様で書く三代目」とか「ボンクラ」とか・・・。
それは日本に留まらず英語圏でも同様の見方はあるようだ。

Father buys,the son bigs,the grandchild sells,and his thigs.
直訳すれば、「親は買い、子は建て、孫は売り、その子は乞う」。
四代目は乞食にまで落ちぶれること。
同じような捉え方は海外でもあるようだ。

一般的に三代目というと企業経営者の三代目を指すことが多い。
本書にも紹介されている松下、トヨタの三代目。
トヨタの創業家三代目といえば現社長の豊田章男氏。
誰もが知るところ。
松下電器(現パナソニック)の三代目は松下正幸氏。

ここでは述べないが豊田章男氏とは対照的。
企業としての扱い方も対照的。
個人を奉るのか、企業を奉るのか。
パナソニックの資料館や博物館は松下幸之助を、トヨタの博物館はあくまでもトヨタを中心に置く。
そのあたりも「らしさ」が反映されている。

その点でも三代目の視点が違う。
著者の視点はさらに先を行く。
天皇家にも足を踏みいれる。

昭和天皇は124代天皇。
初代神武天皇から数えればそうなる。
僕もすぐ忘れちゃうんだけど(汗)。
日本国を支える天皇家ということ。

それを冒涜するわけではないが、著者は昭和天皇を三代目としても捉える。
近代国家的な見方からすると明治天皇から三代目にあたると・・・。

これは大げさな例かもしれないが、そもそも何をもって三代目にあたるのか。
豊田章男氏もトヨタ自動車の創業家三代目にはなるが、
豊田家としてはもっと歴史はあるはず。

どこをスタート地点とすればいいのだろう。
単純に疑問がわく。
それは多くのことにいえるだろう。

今、お笑い界は「お笑い第七世代」が活躍している。
では、第三世代は誰か?
明確に答えられる人っているのかな?

僕は分からないが本書によれば、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウン。
となると第一世代は誰が決めた?
そう考えると世代論はかなり難しい。
あくまでも恣意的なんだろう。

著者は「三代目」というタグを通して、近代日本の歴史意識の解明に向けた概念化を試みたという。
この辺りは社会学者らしく、僕の頭の構造とは大きく違う。

当初の想定とは異なったが、そんな視点が学べたのは価値がある。
僕も脱皮する山田家の三代目かな(笑)。

映画「茜色に焼かれる」

今、まさにこの瞬間を描いている作品。
舞台はコロナ禍でギリギリの生活を強いられる家族。
現実的にはあり得ないと思いつつ、きっとどこかで起きている。

実際にニュースで見たようなシーンの連続。
パッチワークのように紡いでいるようだが、それがリアルへと近づける。

この1年、僕自身も希望を見失う時間を過ごしたが、
尾野真千子扮する良子はその比ではない。
辛い環境下でも生き抜く力を見せている。
それは圧倒的はポジティブさを持っているわけでも、
類まれな能力や体力で乗り越えるのでもない。

気持ちは大いに揺らぐし、どうしようもなく他者を責めたくなることもある。
とても人間らしい。
普通の人間らしい。
しかし、普通の人間では耐えきれない精神力を持っている。

その精神力は何を持って生まれてくるのか。
本人も明確な回答はない。
自分が正しいと思う道を曲げずに進むしかない。
不幸なストーリーで観る側も落ち込むが、同時に勇気を与えられる。

石井裕也という監督は今の時代を描く最も上手い監督ではないか。
映画コラムニストでありキャリアカウンセラーの立場としては、
(エラそうにいってます・・・)
本作をキャリア論的に観ることも可能。

以前の「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」
「川の底からこんにちは」
女性のキャリアを別視点で描いている。
石井監督は女性の働き方を軸に時代を描く稀有な存在なのかもしれない。
僕の好きな白石監督とは対極的だが、令和を作っていく監督の一人。

それにしても本作は全面的に尾野真千子。
彼女の絶妙な感情表現が全てといっても大袈裟ではない。
多くのレビューで語られているとおり、
素晴らしい演技で暗いだけの作品に明かりを燈す。
その耐える姿や演技に演技を重ねるシーンには感動。
元舞台女優という設定だしね。

鑑賞前は「R15にすべき作品なのか?」と思っていた。
なるほど、そういう理由か・・・。
時代を描くにはR15が正しい。

そして風俗嬢の同僚であるケイ役の片山友希の存在感が際立つ。
笑顔、不満顔、怒り顔、泣き顔、同じ人物とは思えない豊かな表情。
その表情から窺わせる彼女の半生。

生きるのは辛い。
しかし、生き抜くことで次が見えてくる。
それがラストに表れているように思う。

こんな時期だからこそ、より大切にしたい作品。
コロナ禍が生み出す価値もある。