驚くことにまたしても本年アカデミー賞ノミネート作品。
今までさほど興味を示す賞でもなかったが、
「ドライブ・マイ・カー」がノミネートされたことで他の作品も気になった。
これも相乗効果。
これから地味であまりヒットしなさそうなノミネート作を観させるなら、
候補作に日本映画をぶつけるのが一番。
隣の作品と比較したくなる弱い人間をカモにすべきだね。
いいカモになりました(笑)。
本作はその中でも最も多い11部門にノミネートされている。
もしかしたら独占してしまうかも・・・。
それを劇場だけでなくNetflixで既に観れるわけだから、映画が置かれる環境も変わった。
先日までインターンシップに参加した学生はこんなことを言っていた。
「TVは見ずに、Netflixばかり見てます」
もうそんな時代。
これまで当たり前と思っていた映画の在り方も変わっていくんだろうね。
これも勉強だな・・・。
本作の舞台は1920年のアメリカ・モンタナ州。
日本だと大正9年。
その頃の日本の田舎とアメリカの田舎はスケールも含め何かも違う。
そんなどうでもいい事を思い浮かべならら観るのも面白い。
今から100年前はアメリカも閉鎖的。
男は男らしく、女は女らしく、そんな時代。
ダイバーシティという言葉は存在するだろうが使われ方は異なる。
主人公フィルも今の時代だったら人の扱い方や態度は180度違うだろう。
家庭内における人間関係は普遍でどんな時代でも問題を抱える。
感情的に動く限り仕方がない。
しかし、常識が変われば感情面のコントロールも変化する。
そうなるとこの兄弟の関係、義兄と嫁の関係。甥の関係は全く違うものになる。
ミステリアスな人間ドラマは1920年代だったからこそ深く描ける。
大草原やそびえ立つ山々が神々しい存在にもなり・・・。
ここまで書いたところでどんな作品かは1mmも理解できないと思う。
この類の作品は事前情報ができるだけない方がいい。
どんな映画か分からないし、映画コラムニストのブログも理解不能。
でもノミネート作品だから、観た方がいいかも・・・。
そんな状態でOK。
こんな映画が作品賞を受賞するような気もするが、
ここはやはり「ドライブ・マイ・カー」で。
う~~んと唸る映画であるのは間違いなかった。
今年は一年通して目標達成を目指すことを決めた。
どんな時でも目標達成を目指すのが当然だが、
過去を振り返るとできないことがほとんどだったので・・・。
それがコロナの影響で当たり前に目標達成できるようになった。
何とも皮肉。
それを今年は12カ月全て達成しようという。
天候さえよければクリアできると思うが、ネックなのは2月。
28日しかない。
この2~3日が与える影響は大きい。
毎月ギリギリで達成する身としては余程計画的に進めないと難しい。
昨年の2月は最終日で102kmとなり何とかクリア。
もし雨とか雪だったらアウトだった。
危ない橋を渡っているんだね。
そんな大層な話じゃないが、何事も余裕を持って臨むことが大切。
さて、2月はどうだったか。
119kmとラクラクのクリア。
それも約20kmも余計に・・・。
お~、なかなか、やるじゃないか。
パチパチ。
ほぼ計画通りだね。
今月は2つのマラソン大会に出場するため2月は距離も走った。
土曜日は13km、15km、16kmと週ごとに距離を伸ばした。
普段走らない東海通も走った。
新川からパチリ。
こんなに大きな川だったのかと改めて感じたり。
長い距離を走る場合は同じコースだと飽きてしまう。
気分転換で遠出するのもいい。
まだまだ体が重く全然スピードは出ないが、ある程度は走れるようにはなった。
今週末は20kmを目指そうか。
今月は来週末に名古屋シティマラソン。
月末に穂の国豊橋ハーフマラソンが開催される。
昨年は中止になったが、今年は予定通り開催されそう。
そのための準備も万全。
名古屋シティマラソンは参加者全員が事前にPCR検査を受けなきゃならない。
僕も先日、予約をして受けることになった。
費用は全て主催者側。
その準備もご苦労だと思うが、余分に掛かる経費も相当なはず。
余計な心配をしてしまう。
何かと苦労は絶えないが、何とか成功に導いてもらいたい。
そんな3月はいよいよシーズン。
久々にハーフの大会に出場するので不安はあるが、
気持ちよく完走できたらいいね。
3月に入ったとはいえ寒い日が続きます。
先週末の暖かさは消えてしまいました。
今年は例年以上に寒かったのではないでしょうか。
どうしても外に出るのが億劫になります。
ランチタイムは明るい陽射しでも風が強いとあまり遠くには行けません。
どうしても近場のいつものお店に向かってしまいます。
この日もそうでした。
値段の割に美味しくボリュームのあるお店に向かいました。
「今日の日替わりは何かな?」と想像しながら、
あと5メートルのところまで来ました。
ふと横を眺めると新しいお店がオープンしているではありませんか。
以前は串あげのお店でこのブログでも取り上げていました。
いつの間にか閉店になりもぬけの殻状態でしたが、
先月23日に新たなお店として誕生しました。
「小料理屋 京」さんです。
ちょっと高級感があります。
恐る恐るメニューを眺めましたが、「えっ!」と驚いてしまいました。
カウンターからの眺めはいかにも小料理屋さん。
「すいません。日替わりランチをください。」
オープンしたてのせいか、店内はやたらバタバタしています。
スムーズなオペレーションにはもう少し時間が掛かるかもしれません。
日替わりランチ 500円
なんと500円なんです。
とても嬉しい価格ですが、どうやらこれはオープン記念価格で通常は880円。
そりゃ、そうでしょう。
少しだけ安心しました。
この日は煮物と刺身、茶わん蒸し。
本来はこの通りなのか、もう少し豪華なのかは分かりません。
まぐろは中トロ?
かなり食べ応えがありました。
もうあと少しボリュームがあるとより一層満足します。
人気食べ物ブロガーは新鮮な魚をどう表現するかが気になるところ。
お昼は海鮮丼もおススメのようです。
まん延防止重点措置期間のため、しばらくは昼のみの営業。
しかし、この厳しい時期にオープンする積極的に姿勢には拍手を送りたいです。
夜は一体、どんな感じになるのでしょうか。
日本酒のラインナップを見て、お邪魔したいですね。
ごちそうさまでした。
激戦区伏見で頑張ってください。
ちなみに僕も山ちゃんです・・・。
そんなこと、どうでもいいですね。
たまには名古屋名物のサクセスストーリーも読んでおこう。
本書は2016年に急逝された山本重雄会長の経営哲学をマンガを交えながら描いている。
「山ちゃん」の最初のオープンが1981年なので、もう40年以上。
僕が大学時代から有名で安く飲ませてくれた。
当時は手羽先だけでなく、浜乙女のお茶づけやボンカレーなんていうメニューもあった。
20代後半の頃、積極的に店舗を展開していたので、人材が必要だろうと飛び込みで営業もした。
人事担当は当時社長の山本重雄氏。
仕事は頂けなかったが、とても親切な対応だったのは記憶にある。
後日、手羽先無料券付のお礼のハガキも頂いた。
飛び込み営業の若造にそんな対応をしてくれるんだと不思議に思いながらも、丁寧さに感心した。
その頃、女子大小路に山ちゃんのBARもあった。
会社帰りに寄ると山本社長が接客をしており驚いた。
ちょうど飛び込み営業した後だったので、余計に驚いた。
至って普通な対応をしてもらった。
本書を読んで、それが山本会長の人間像なんだと改めて感じた。
僕が経営者になってからも何度かご挨拶をする機会を頂いた。
本当に挨拶程度なので、ご記憶もなかったとは思う。
また、講演会に参加した時にマジックショーも見せてくれた。
確かにそんなに愛想のいい方でも饒舌な方でもない。
しかし、実直な人間性はしっかりと伝わった。
本書ではそれがオーバーラップするかのようにオープンから
逝去されるまでの山ちゃん人生が分かりやすく描かれている。
いいと思ったこと即取り入れる。
人としての常識や分別を大切にする。
最大限に人間関係を重んじる。
当たり前のことを当たり前にコツコツと徹底する。
簡単そうで簡単でない。
当然、社員さんからの人望も厚かった。
その姿は今の「世界の山ちゃん」にも脈々と引き継がれている。
そんな会社が身近にあるのは誇らしい。
山本会長が急逝され、会社を継いだのは本書の監修もされている山本久美氏。
会長夫人にあたるが、これまで会社経営には携わっていない。
全くの未経験。
覚悟を持って、急きょ、代表に就任された。
その決断は想像しがたい。
M&Aの話や甘い誘いも多かったようだ。
それを断り、その後も会社を順調に成長させた。
今はコロナの影響を受けるが、時間の問題で心配はないだろう。
その山本久美代表を今年開催する「名古屋ファミリービジネス研究会」で招くことになった。
講演依頼にあたり、失礼のないように予習をさせてもらった本書だが、
シンプルに面白かったし勉強になった。
いやいや、今年の「名古屋ファミリービジネス研究会」もとても楽しみ。
詳細は改めて告知するので、しばらく待ってほしい。
まずは本書を読んで「世界の山ちゃん」を学んでおくべきだね。
「名大社の山ちゃん」じゃなくてね。
98年は下半期に入り、大幅な人事異動があった。
とはいえ小さな組織。
営業部門内での人の移動があっただけのこと。
それまで組んでいたTが新たにデスクとなり僕のチームから離れた。
大阪からやってきたHは退職し大阪に戻った。
僕のチームは今や派遣会社の社長を任され、
僕から日本一めんどくさい女と呼ばれるMと元々部下だった女子I。
そして現在、副社長の高井のチーム構成。
高井と組むのは初めてで、それまで深く話したこともなかった。
当時、チームや会社の飲み会は「焼肉屋さかい」さんを使うことが多かった。
僕の大きなクライアントで出稿額も大きかったが、その分、金券も多く購入していた。
会社としても個人としても・・・。
「また、焼肉屋さかいですか?」
高井もそんなことを言っていたんじゃないかな。
新チーム構成で間もない頃、予定していた飲み会で女子二人が体調不良。
その時、初めて高井と二人で飲んだ。
話は覚えてないが、日記には”変わっているが面白いヤツ”と書かれている。
いずれこのブログにも登場するだろうね(笑)。
その後、ちょくちょく2人で飲むようになった。
この頃のチーム編成はいろんな問題があった。
それは後から気づいたが、社内はゴタゴタを抱えていた。
さすがにその内容を披露できない。
僕は当事者ではなかったが何故か巻き込まれていた。
この頃からかな、面倒な問題に巻き込まれるようになったのは(苦笑)。
会社に不信感を持ったのもこの時期。
今思えば会社の判断は間違っていないが、必要以上にドラスティック。
だから余計に会社に対して迷いを持っていた。
ちょうどそんな時。
11月下旬、中日新聞を読んでいたらある求人広告が目に入ってきた。
当時、もっとも勢いのある人材会社が名古屋支社を開設し、そのメンバーを募集するという。
イケメンU氏が牽引する会社だった。
これまで転職活動は一度もしたことがなかった。
32歳。
年齢的にもギリギリだと思ったのかもしれない。
会社説明会に参加し、選考を受けることにした。
僕が求めること、やりたいことができそうだった。
書類選考後、一次面接は名古屋支社長。
1時間ほど面接し、どちらかといえば面談し、最終面接は副社長。
その時に言われたことは今でも記憶に残っている。
「山田さん、貯金はありますか?」
「はい、ある程度は・・・」
「今、いい年収ですよね。間違いなく下がりますから・・・」
そんな会話。
こちらの覚悟を窺っていたのだろう。
その98年の年末は家族で温泉旅行に出掛けた。
露天風呂で夕日を眺め、1歳半の娘にお酒を注いでもらいながら考えていた。
「来年は大きく環境が変わるなあ~」
続く・・・。
1961年に公開された前作を観たのはいつだろうか。
大学時代、どこかの劇場のリバイバル上映を観たんじゃないかな。
当時の記憶はほとんどない。
「トゥナイ~、トゥナイ~ト」という曲くらい。
かつての名作を観なきゃという映画ファンとしての使命感だけ。
ミュージカル映画にさほど興味もなかった。
初回上映の約30年後にリバイバルを観て、その約30年後に再映画化を観る。
単なる偶然だが、そんな視点を持つと味わい方も違う。
ミュージカル映画の魅力も少しは分かる。
60年の間に世の中は大きく変わったが、
映画の描く世界は基本的に変わっていない。
最新の映像技術とスピルバーグという20世紀を代表する映画監督が撮っただけのこと。
そこに深い意味があるかは知らないが、
アカデミー賞のノミネート作品であることが何らかのメッセージを発している気もする。
一番いいのは1961年の作品と本作を一緒に並べて観ること。
前作152分、本作157分の上映時間なので、ほぼ同じ流れになる。
そこで人物の描き方を含め違いが出る。
それが時代を反映していたりして・・・。
と、どうでもいいことばかり書いてしまった。
当初、本作を観る予定はなかった。
話題になっていたが、「何を今さら」と思ったのが正直な想い。
しかし、映画仲間の評価があまりにも高いので、映画コラムニストの血が騒いだ(笑)。
その映画仲間は前作との違うも明確にしていた。
いやあ~、さすが!
ストーリーは至ってシンプル。
難しい話は一切ない。
禁断の恋を描いたはかないラブストーリー。
それだけでは到底映画の魅力にはならない。
時代を象徴する街の背景、華やかな衣装、そして魅了するダンスと歌。
ミュージカルをあまり見ることのない僕もそのスケールには体が踊る。
実際に映画館で踊ることはないが、そんな気分にもなる。
そして、やっぱりウルッとくる。
恋愛に冷めた50代半ばのオッサンもお互いの想いに心が引っ張られるのだ。
そんな盛りだくさん状態に観た者は感動するのだろう。
なぜ、今の時代にリメイクなのかは分からないけど。
昔もいろいろあったけど、今みたいに複雑ではなく分かりやすい時代だったのかもね。
余計な駆け引きも要らない時代が幸せなのかもしれない。
今年のアカデミー賞はどの作品が受賞するだろうか。
珍しく5作品も観ている。
「ドライブ・マイ・カー」
「コーダ あいのうた」
「ドント・ルック・アップ」
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(今度アップします)
ジャンルは異なるので比較しようがないが、
やはり今年は「ドライブ・マイ・カー」に取ってもらいたいね。
まん延防止等重点措置も延長され窮屈な生活は続きます。
3月6日の終了を願うばかりですが、また延長になりそうな・・・。
1月下旬以降、夜の予定がほぼ延期もしくは中止になり、
自分の持ち味が生かせない日々が続きます。
このまま世の中から消えてしまわないか心配になります。
せめてお昼の存在感は出し続けなければなりません。
人気食べ物ブロガーとしての意地を見せるまでです。
そんな大層な話ではないですね・・・。
この日のランチは軽めにしようと思っていました。
蕎麦をサクッと食べて終えるつもりでいました。
「さて、どこの蕎麦屋にいくかな?」
ぼんやりと考えながら、長者町付近を歩きます。
ビルの改装工事をやっています。ここに掲げてある横断幕。
こんな状況下でも飲食店は頑張っているのです。
それを応援しないわけにはいきません。
それも名古屋名物を応援しないわけにはいきません。
急きょ、方向性を変えました。
サクッというよりドシッとなりますが、応援する姿勢が大切です。
「あんかけ太郎 長者町店」さんにお邪魔しました。
こちらはあんかけスパゲティのお店。
一般的にあんかけスパのお店はスモール、レギュラー、ラージの量を選択できます。
こちらはスモール、レギュラー、ラージ、ジャンボ、クイーン、キング、メガと
とんでもないサイズから選べます。
ピカタを注文したいところですが、ここは先ほどまで蕎麦を検討してした身。
ヘルシー志向でオーダーします。
ふと前を見るとこんなPOPが・・・。
「すいませ~ん、ポテサラもお願いします。」
ポパイ レギュラー890円+ポテサラ70円
これでレギュラーです。
結構なボリューム。
そして、そこに添えられたポテサラ。
50代半ばとしては食欲はある方ですが、あんかけスパでこの量はドシッときます。
ほうれん草をメインにした具材でもヘルシー志向とは言い難いのかもしれません。
しかし、ここは応援する身。
グワシグワシと頂くのみ。
粉チーズをかけ、タバスコを振り、少し味を変化させながら頂きました。
あんかけスパを提供するお店は多いです。
店舗により微妙に味が異なるのも個性が発揮されます。
こちらも名古屋の人気店。
とても美味しく頂きました。
ごちそうさまでした。
これからはスモールでもいいかな・・・。
1月に開催されたFBAAのオンラインセミナーに参加し、講演者であり著者である竹林氏を知った。
その時は「企業の生き残り戦略~100年続く事業づくりの秘訣~」というタイトルに惹かれただけ。
その講演がすこぶる面白く、終了後、おもわず本書をkindleで購入してしまった。
本書に書かれていることは講演内容と近い。
振り返りと共に頭の中に入れるべきポイントが明確になった。
竹林氏は起業家でもなければ講師業を生業にしているわけではない。
作家が本職でもない。
京都の本社を構えるオムロンの社員であり大学の客員教授。
社員とはいえ、いくつかの事業会社を任された社長経験者。
それも不採算事業の立て直しであったり、
新規事業開発であったりと茨の道を歩まれている。
本書ではそんな経験を通して感じ取られてきた内容が披露されている。
講演は京都弁丸出しの話し方。
本書を読んでも、そんな感覚で受けて止めてしまう。
これも一つのテクニックかな?
なんとなくリズミカルに読めてしまった。
著者の生き方、考え方はオムロンという企業の理念に上手く染まっている。
会社としては理想的な人物像になるのだろう。
それがタイトルにもある「イノベーション」。
僕はオムロンという会社の表面しか知らなかった。
今も表面しか知らないが、世界初、日本初の技術を数多く有していることを理解。
それも社会的課題を解決するという理念に基づきイノベーションを起こし続ける。
歴史ある京都発で行うことに大きな価値を見出すこともできる。
オムロンの魅力も存分に感じた。
京都に住む大学生の息子にも教えたい。
インターンシップへの参加も勧めたい。
やっているのかな・・・。
イノベーションは「秘密結社」から生まれるとか、
「わらしべ長者」を科学するも面白かったが、
僕が唸ってしまったのは「起承転結」のこと。
イノベーションを起こすには「起承転結」として人材を4つのタイプに分類するという。
その適材適所で活躍することが必要不可欠。
詳しくは本書を読んでもらいたいが、
クリエーションを担う「起承」型人材と、
オペレーションを回す「転結」型人材がいて、イノベーションは成立する。
な~るほど。
めちゃ納得してしまった。
僕はどちらかといえば「承」タイプかな?(笑)。
他にも能力の分類があったり・・・。
ファミリービジネス向けのセミナーがご縁だったが、
それ以外にも多くの場で参考になるのでは。
人材育成の考え方にも十分あてはまるだろうし。
いい勉強になりました。
ありがとうございました。
「30代、男は仕事だ!」
10数年前のキャリアカウンセラーの講演会でそんな話をした。
当時の素直な気持ちを語っただけだったが、
終了後、仲のいいカウンセラー仲間に言われた。
「山田さん、あの発言はマズいよ。女性だって仕事中心の30代はいるわけだから・・・」
キャリアカウンセラーは女性比率が高く、確かに怪訝そうな雰囲気もあった。
女性蔑視のつもりは毛頭ないが、受け止め方は様々なので発言は気を付けなければならない。
ただ事実として30代は仕事中心の生活だった。
97~98年頃の30代のスタートは特に調子に乗っていた。
世の中は不況まっしぐら。
会社の業績も影響を受けていた。
それでも98年4月には課長に昇格。
係長を経験することなく、二段階の昇格だった。
この時に数名の先輩も抜いてしまった。
それも仕事がデキると思っていた先輩も・・・。
自分ではそんなつもりはなかったが、どこかで浮かれていたのだろう。
会社の体制やスピード感にも不満を持っていた。
ところどころにそれを表す発言があったのかもしれない。
5月下旬に社長が昇格のお祝いをしてくれた。
日本酒の有名なお店で気持ちよく飲んでいた。
そんな時の発言だった。
「自分で会社を興して社長をやるより名大社の社長の方が楽ですよ。」
当時、名大社はTVCMの効果もあり、知名度がグングンと上がっていた。
それは会社の優位性を示す発言だったが、社長はそう受け止めなかった。
自分に対して皮肉と受け止めたのだろう。
また、その後、行われた株主総会でも迂闊な発言をしたようだ。
発言内容の記憶はないが、否定的なことを言ったのだろう。
そんなことが日記に記されている。
(もっと具体的に書いておくべきだった・・・笑)
そんな積み重ねが1年後のズタズタ状態に繋がるわけだが、
その時はそんな気配も感じていなかった。
国内では長銀や日債銀が破綻。
不況は深刻化していた。
社内では営業へのあたりも強くなっていた。
営業集約は日に日に厳しくなった。
懇意にしていた先輩も退職し寂しさもあったのだろう。
「オレはいつまで名大社にいるのか。
このままでいいのか。
会社は自分に合っているのか」
そんなことを漠然と考えていた。
部下や後輩はいたが頼れる先輩はほとんどいなくなっていた。
当時、社内では後輩や部下、時々部門、
社外では元名大社のメンバーとよく飲んでいた。
会社からは一定の評価をもらっていただけに葛藤していた。
続く・・・。
物事はタイミングである。
映画を選ぶのもタイミングだったり・・・。
本作は休日の予定の合間にうまい具合に合致したので観ることができた。
全くのノーマーク作品。
タイミングが合わなければ観ることはなかった。
そんな意味ではそのタイミングに感謝。
映画としても楽しめたし、何より日本酒の勉強にもなった。
本作の事前知識としては広島の酒造りの映画というくらい。
詳細は知らなかった。
ただ酒造りがテーマなのに惹かれたのは事実。
最近、やたら日本酒ばかり飲んでるので、親和性もあった。
どんな親和性というんだ(笑)。
本作の捉え方はいくつかあると思う。
オール広島ロケで広島の地場産業を盛り上げる。
先祖代々続く酒蔵を守るファミリービジネスの重要性。
日本で初めて吟醸酒を作った三浦仙三郎氏の歴史。
観る人によってオススメポイント点は異なるが、日本酒好きには魅力的に映るはず。
明治時代であれ、令和の時代であれ、
映画の舞台は平成かな、酒造りに賭ける想いは真剣そのもの。
人が喜ぶお酒を日夜努力し丹精込めて作る姿は美しい。
三浦仙三郎氏の尽力で広島が日本有数の酒造りの街になったのは間違いない。
賀茂鶴など広島のお酒にちょくちょくお世話にもなっているが、
こんな背景があるとは知らなかった。
映画は多くを教えてくれる。
広島の酒蔵巡りもしたくなった。
そして、大いに感じたこと。
バカみたいに日本酒をクイクイ飲んでるだけじゃダメ。
家飲みイエ~イと浅はかなブログをアップしているだけではダメ。
もっとゆっくり味わい作り手に感謝しながら飲まないと・・・。
主役は比嘉愛未さん。
僕は美しいだけの女優と思っていたが、それは大変失礼なこと。
間違いなく美しいが、それだけではない。
養女でありながら家業を継ぐ後継者の決意を上手く演じている。
本作はそれほど話題作ではない。
全国一斉ロードショーでなく、
広島から先行し順次各地域で公開されていくようだ。
きっとこれもタイミング。
それが合えば観てもらいたい。
日本酒に乾杯!