これからも前向きに 名大社会長ブログ

映画「ソウルの春」

韓国映画は実話をベースにした作品が多い。
映画化できるような大きな事件が頻繁に起こる国ともいえる。
実話を基にした日本映画に物足りなさを感じるのは製作側の問題ではなく、日本が平和である証。
どっちの国に住みたいかといえば、やはり日本。

本作は「粛軍クーデター」「12.12軍事反乱」と呼ばれる韓国民主主義の存亡を揺るがした事件がベース。
いわゆるファクションだが、ほぼ現実に近いようだ。
この事件の前には「KCIA 南山の部長たち」であり、事件後は「タクシー運転手 約束は海を越えて」
次から次への世の中を驚かす事件が起きる。

真正面から描けば国を非難することになる。
それを恐れず向かう姿は賞賛すべき。
日本ならきっと忖度が生じるだろうし。

エンドロールから本作の登場人物が誰を指すかは一目瞭然。
僕でさえもヤツが彼なんだと理解できる。
ネタバレしないように名前は伏せるが、それが判明した時は「う~む」と唸る。
実際の大統領だし・・・。

本作が描くのは1979年12月の数日間。
民主化を目指す韓国で新たな独裁者を狙う陸軍司令官がクーデターを起こす。
それを守ろうとする首都警備司令官との攻防がスリリングに描かれる。
どちらが正義でどちらが悪かはいうまでもない。
しかし、悪からすれば自分たちが正義。

これがフィクションなら最後は正義が勝利しハッピーエンドという流れ。
事実は簡単ではない。
理想通り進むことは少ない。
正しさが通用しないのが現実なのかもしれない。
それを観るだけでも十分な価値はあるし、歴史を学ぶことは可能。

もう一つ僕が感じたのはリーダーの在り方。
リーダーの判断やリーダーシップの発揮の仕方で勝負の明暗は分かれる。
そしていつも邪魔するのは自己保身に走るリーダー。
大局的な見方はできず、自分の立場や権力を中心に判断を下す。
ヒエラルキーがある以上、従わざるを得ない。

そんな点ではクーデターを起こした司令官チョン・ドゥグァンに軍配が上がる。
独裁的だが人の掌握術には長け、いざという時には迷わず突き進む。
その存在感に圧倒される。

役者は誰かと思っていたらファン・ジョンミン。
一昨年「人質 韓国トップスター誘拐事件」「ただ悪より救いたまえ」を鑑賞したが、
同じ俳優とは思えない。
役作りに要した時間は相当で、実在する本人も相当研究したのだろう。
正義の味方が正統派すぎて、余計にそんなことを感じたのかもしれない。

本作は韓国では1300万人以上の観客動員を記録した大ヒット作という。
4人に1人は観たというから相当なもの。
本作から反面教師的に学ぶ若者が多いと喜ばしい。
それは日本でも同じだけど。

食べ物のはなし 番外編 カレーラーメン

特別編や番外編が続きます。
今回は伏見シリーズに戻ると予定でしたが、叶いませんでした。
そう、今回は月末の人気シリーズラーメンブログの日。

そのために伏見のラーメン店をチョイスしていました。
最近オープンしたお店です。
気合を入れて出掛けてみると長い行列が出来ています。
また、他店も含め日程調整できず、伏見シリーズは断念することにしました。

それでも人気シリーズは維持しなければなりません。
お邪魔したのは中川区打中にある「天髄飯店」さんです。
会社というより自宅に近いお店。

いわゆる町中華。
お店の雰囲気からも歴史を感じます。
ラーメンもいろんな種類があります。

こちらで人気なのは担々麺。
以前、頂きましたが専門店にも負けない味。
他のメニューも同様、何を食べても美味しく頂けます。

やはり担々麺を注文しようかと思った時に目に入ってきた貼り紙。

「なに?強力粉の太麺?」
なんだか自信あり気です。
他のラーメンは「ラーメン」なのにこちらは「らあめん」。
きっと大きな意味があるのでしょう。

カレーらあめん 800円

見た感じは名古屋名物になりつつあるカレーうどん。
餡が絡んだ濃厚なスープです。
麺を持ち上げますが、かなりの力が必要です。
リフトアップの写真を撮る余裕はありませんでした。

麺とスープを絡めながら、ぐわしぐわしと頂きます。
和風ではなく中華風、
カレーうどんとは大きく違います。
しかし、らあめん。
少しの和風っぽさを感じます。

深い味わいの中に辛さがあり、じわりじわりと汗をかいてきます。
暑い日でしたが、むしろその汗に清々しさを感じさせます。
〆で小ライスを注文し雑炊風にして頂きたかったですが、ボリュームもあったため止めておきました。
小さく書かれた小ライスは頼んだお客さんが後悔しないためでしょう。

それでは恒例の1ヶ月のラーメンです。

冷やし中華

和風ラーメン

冷やし担々麺

豚しゃぶ冷麺

ざるラーメン

塩ラーメン(ミニ)

スタミナラーメン

ラーメン横綱

これだけ暑い日が続くとラーメンも冷えた方向に向かいます。
もしくは夏バテ防止向けラーメンです。
来月まではこの流れが続くかもしれません。

ごちそうさまでした。

ファミリーのビジョンと戦略とは

先週20日(火)は第8回名古屋ファミリービジネス研究会Day3。
半年コースもここで折り返し。
Day3は同族経営でも家族にフォーカスする場なのでオブザーバーにも参加頂く。

受講者の近しい方を1~2名招き、お互いの理解を深める。
今年は例年以上に多くのオブザーバーに参加頂いた。
息子さんのケース。
奥さんのケース。
兄弟、姉妹のケース。

事業に関わる方もみえれば、将来的に関わる予定の方も。
どんな立場であろうと会社や経営者の考えを理解することは重要。
むしろ普段の生活では意外と話をしない。
僕は家でほとんど仕事の話をしないので、今回の学びは反省ばかり(汗)。

スタートはいつものように僕のアイスブレイク。

今回は映画「ディア・ファミリー」を題材にファミリービジネスを語った。
実話となる企業は愛知県だし・・・。
残念ながら誰一人映画を観た人はいなかった。
ありゃりゃ。

そしてメインは恒例となった株式会社フェリタスジャパン代表の丸山祥子さん。

前半は「同族企業のファミリー戦略」をテーマに講義。
ファミリーにはビジョンと戦略が必要だという。
企業にビジョンや戦略があるようにファミリーにもそれを求めていく。
そのためにファミリーミーティングが必要。

丸山さんはご自身の経験を踏まえながら、どんな取り組みが効果的かを解説。
ワークの時間も多かったので、その場での情報共有も有効的だった。
オブザーバーが奥さんの方は家では話したくても話せない内容。
今回がいい機会になったらしい。
終了後にご夫婦から感謝もされた。
3サークルモデルの重要性も改めて認識できた。

そして後半は「家族で語るこれからの事業承継」。
大垣市に本社を構える株式会社宇佐美組の特別顧問宇佐美治雄氏と
代表取締役社長宇佐美憲邦氏に登壇頂いた。

今年で創業100年を迎えたゼネコンで、名大社でも大変お世話になるクライアント。
特別顧問は3代目、現社長は6代目。
親子関係から100年の歴史を語って頂いたが、ブログで内容はお伝えできない。
ここだけの話として対談して頂いた。

僕自身も感銘を受けたし、参加者も同じ。
こうして企業は脈々と継がれていく。
やはり創業の精神は守っていかないと・・・。
どんな質問にも真摯に答えて頂いた。
感謝しかない。

終了後はお決まりの懇親会。
研究会は仕事で欠席された方もわざわざ懇親会は出席。
そんな場になっていくのが嬉しい。

会社近くのゴリアテさんを貸し切っての開催。

ここでも他では聞けない貴重な話ばかり。
せっかくなので一人一人に感想を述べてもらった。
最年少は大学4年生。
いやいや立派なコメント。
その気づきにこちらが感動してしまった。

締めは久しぶりに名古屋ナモ締め。
時々やると盛り上がる(笑)。

こうしてDay3もいい流れで終了。
次回も楽しみにしたい。
みなさん、お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

映画「ブルーピリオド」

好きなものに出会うことができ、それに向かってひたすら努力を繰り返す。
そんな生き方ができるのはどれだけシアワセか。
苦労や苦悩、挫折や落胆も伴うが、それを上回る情熱で乗り越えていく。

その姿は清々しく、いい歳のオッサンも純粋に熱くなり応援したくなる。
こんな青春を送ることができるのなら、もう一度、高校生に戻りたい。
とモヤモヤの高校時代を思い出してしまった。

主人公矢口八虎が夢中となる美術に出会うのは偶然だ。
たまたま見た絵に感動し興味を持ち始める。
まさにクランボルツの計画的偶発性理論。
「偶然の出会いは人のキャリアに大きな影響を及ぼし、かつ望ましいことである」
といえる。

八虎は好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心をぐるぐる回す。
楽観性は少ないが、ひとつでも欠けたら彼の人生はまた大きく変わっていたに違いない。
特に持続性と冒険心は凄まじい。
もちろんフィクションなので、なんとでもなる世界。

しかし、本作を観て勇気づけられた人は多いんじゃないのかな。
最近、熱さがなくなっている自分に渇を入れられた感じ。
この歳でそんな熱さは不要だろうけど。

僕も絵を見るのは好きだ。
ちょくちょく美術館にも出掛ける。
ただ「へ~」と感心しても、心が揺さぶられることはない。
感受性が足りなさだが、繰り返し繰り返し見ることで鍛えられるとも思っている。
まだ、量が足りないということ。
もっと経験しないと力が備わることはない。
ストーリーとは関係ない点でそんなことを感じた。

本作は高校2年生の八虎が東京藝術大学を受験するまでの1年半を描く。
東京藝大の受験があんなふうに行われるとは知らなかった。
合格率が200倍ということも・・・。

そこに向かって描き続ける受験生は映画の通りなんだろう。
芸大に進んでも食えないといわれるが、
ひとつの分野にあれだけ集中し努力し続けられるのなら、その分野でなくても食っていける。
社会ニーズは間違いなく存在する。

石田ひかり演じる母親の気持ちも理解できるが、
そこは安心してほしいと外野からでも言いたくなる。
お互いに自分の想いを伝えることは大切なわけね。

矢虎を演じた眞栄田郷敦の派手さのない演技もよかった。
喜怒哀楽もあれくらいの方がリアル。
先生役の薬師丸ひろ子も軽さの中の重い言葉も沁みた。

青春映画とか、漫画が原作とか、避けがちなジャンルだが反省。
本作を観て先入観は邪魔だとつくづく感じた。
これも偶然の出会いだね。

コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート

「この本には僕が感じていたことが全部書いてあります。」
と紹介されたのが本書。
懇意にする元経営者が紹介してくれた。
その方は今はフリーランス。

東京で5店舗ほどレストランを経営していたが、昨年に事業を断念された。
彼の考え方や生き方を見る限り見習う点が多い優秀な方。
順調に伸びていた事業もコロナの影響で売上がなくなり、
いろんな策を講じてきたが、結果的には会社を閉じることになった。

言葉には出せない悔しい思いは相当だろう。
同じような経験をされている方は多い。
うちの会社もコロナの影響は大きく受けた。
会社を潰すことはないが、業績は悪化し大赤字も経験。
リーマンショックとは異なる辛さを味わうことにもなった。
自分を犠牲者というつもりはないが、
コロナ禍の社会的対応はいかがかと思う点も多かった。

そんな点でも本書には共感。
紹介してくれた方と同じ思い。

どんな表現が正しいかは分からないが、コロナの対応に関しては僕も加害者の一人かもしれない。
自分かコロナに罹ったという低次元の話ではない。
同調圧力に屈したというか、世の流れにそのまま従ったという点での加害者。

著者のいう「和をもって極端となす」というのが適切な表現。
パニックを鎮静化させるために極端な対策がダラダラと行われた事実。
それに対し疑問を持ちながらも反発する行動は取らなかった。

もちろん会社を守る側として世間から非難を浴びる行動は取らない。
しかし、勇気がないせいで流された。
地味に地道に続けてきた結果、レベル以上の回復もしたので全否定はしないが反省点は多い。
僕の寿命が短くなったのも事実。

今、思うと無責任の集団の力が責任ある者を潰した。
そんなことさえ感じる。
事業を守る、人を守る。
想いのある責任感の強い人がなんとなく正義をかざす無責任な人に叩かれたような・・・。

また、本書で指摘しているのが「気の緩み」。
気の緩みがコロナ感染症を増大させたというは、本当かという疑問。
そもそも「気の緩み」とは何か。

県を跨いで行動することが気の緩みなのか、
たまたまマスクをしていなかったら気の緩みとしてバッシングを受けるのか。
人類学者らしい視点で指摘しその行動を分析されている。

そして、名誉心と虚栄心という言葉で上手くまとめられる。
名誉心を装った虚栄心が生み出す言葉がSNSの時代に大きく影響したと。
なるほど、そんな言葉に僕も少なからず影響を受けていたわけだ。
反省・・・。

少し前に尾身先生の書籍も読んだ。

その苦労も十分理解はできる。

感染症拡大のケースは今後も考えられるだろう。
その時に自分の頭でどう考えることができるか。
今回のコロナをケーススタディとして捉えられるといい。
実際はイヤだけどね。

食べ物のはなし 番外編 みそかつ

今回も夏休み特別バージョン。
夏季休暇中の旅行での食事を紹介したいですが、
残念ながら旅行には行っていません。
静かな時間を過ごしていただけです。
もちろん会社にも行っていません。
そんなわけで今回も伏見を離れます。

向かったのは千種区。
飯田街道沿いにある「キッチン欧味」さんに行ってきました。

こちらは地元では有名な洋食屋さん。
店構えが歴史を感じさせます。

そろそろオープンして30年近いのではないでしょうか。
ちょくちょくメディアにも登場し、名物の大きなエビフライが紹介されています。
ここでエビフライを注文するのは芸がありません。
お値打ちなランチも魅力的ですが、やはり芸がありません。

食べ物ブログの読者は国内外合わせ30万人。
たまには名古屋をアピールする必要もあるでしょう。
そうなると自ずと決まってきます。

みそかつ定食 1080円

名古屋名物になります。
それも奇をてらわない正統派のみそかつ定食。
アップにしてみましょう。

付け合わせの野菜サラダやマカロニサラダも正統派といえます。
そしてすでに気づいた方もいらっしゃるかもしれません。

こちらが定食のご飯。

大盛をお願いしたわけではありません。
普通に「みそかつ定食をお願いします!」といっただけです。
どうでしょうか。
茶碗2杯分は優に超えるでしょう。

こちらはご飯もウリで、その年の出来栄えのいい銘柄を選び自家精米しています。
ご飯粒が輝いて見えます。

「お~、これは凄いことになってしまったぞ」
最近、大盛を控える食べ物ブロガーになってしまったので、少々たじろきます。
しかし、せっかく出して頂いたご飯を無駄にするわけにはいきません。

ぐわし、ぐわしとみそかつ一切れでご飯を5口ほど頂きます。
濃厚なみそだれがご飯に合い、ドンドン胃の中に吸収されていきます。
気づいた時にはすべてのものが無くなっていました。

久しぶりの超満腹感。
40代前半まではヘッチャラでしたが、さすがにこの量は体に響きました。
「なかなか、やるじゃないか・・・」
と心の中で呟きました。

ランチタイムはいかにも食べそうなビジネスマンばかり。
その姿勢はいつまでも忘れてはいけませんね。

ごちそうさまでした。
しばらくしたら、またチャレンジします。

夏休みは韓国だった

今年の夏季休暇は9連休。
ほとんど予定がなく、かなりヒマな休暇だった。
あまりの暑さに遠出する気にもなれず。
その分、映画館に通えばよかったが、観たい作品が少ない。

そんな状況なので、思い切って韓国へ。
旅行したわけではなく、集中的に韓国映画。
「韓国映画から見る、激動の韓国近現代史」で紹介され、
気になる作品をAmazonプライムで立て続けに観た。
本書に関しては改めてブログに書きたい。

一昨年あたりから韓国映画を観る機会が増えた。
優秀な作品は多く、切り口は日本映画が学ぶべき。
そして多いのは実話を基にした作品。
もしくは「ファクション」と呼ばれる歴史的事実に想像力によるフィクションを加えた作品。

観た作品を時系列的に並べると韓国の歴史的背景が理解できる。
日本や北朝鮮、アメリカに対してネガティブなニュースも映画を通して納得できたり・・・。
簡単に映画を紹介していこう。

金子文子と朴烈(パクヨル)

大正時代に実在した無政府主義者朴烈と日本人女性金子文子の関係を描いた社会派ドラマ。
ほぼ実話。
舞台は関東大震災後の東京で、朝鮮人に対しての無差別な虐待を描く。
昨年観た「福田村事件」と同時期で、その酷い行為は明らか。
当時の日本と朝鮮の関係性から日本への批判が鮮明に映る。
そりゃ恨みを持つよね。

マルモイ ことばあつめ

舞台は1940年代の日本統治下の朝鮮半島。
朝鮮人の言語を強制的に日本語に変えさせた時期。
母国語を守るために全国の言葉や方言を集め辞典にするための行動を描く。
史実を基に作られたフィクション。
いわゆるファクション。

日本人から見た朝鮮人と朝鮮人から見た日本人が異なるのは当然。
日本語を強要する姿を批判的に映す。
それを天皇が押し進めたとは思わないが、日本の大義はそれ。
この作品を観れば日本に対して恨みを持たないのがおかしい。
感情的な面を除いても、当時の置かれた状況を上手く表現し、母国語の大切さを教えてくれる。
韓国映画らしいラストは社会派ドラマだけでは終わらない。

高地戦

1953年、停戦協議に入った朝鮮戦争を描く。
停戦協議は2年以上に及び、南北の境界線に立つ兵士は国に不信感を抱きながら戦い続ける。
少しでも多くの領土を奪うことを目的に戦うのだが、
韓国、北朝鮮双方の身勝手さに前線の兵士は疲弊する。
そこにアメリカの圧力が加わって・・・。
表面的にしか知らない朝鮮戦争の実態を知れた。
終盤はかなりショック。
これも実話に近いんじゃないだろうか。

タクシー運転手 約束は海を越えて

公開当初は見逃した。
こちらも実話。
1980年に起きた光州事件を描く。
恥ずかしながら僕は事件名のみで実態は知らず。
韓国史上最悪の虐殺事件と言われているが、
当時の政権が権力を振りかざした行動は日本では考えられない。
韓国の政権の闇はどこまでも続くがその象徴ともいえそう。

本作は光州事件を報道したドイツ人記者とタクシー運転手の交流を描く感動作だが、
裏側にある痛烈なメッセージを忘れてはいけない。

グエムル 漢江の怪物

舞台は2002年~2006年のソウル。
付近を流れる漢江で突如現れる怪物に娘を奪われた父親の死闘を描く。
一般的にはモンスターパニック映画のジャンル。
しかし、そこに留まらない韓国の実情が表現されている。

実話でもファクションでもないが、アメリカの意志に翻弄される姿はリアル。
監督は「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ。
韓国社会を面白おかしく、かつ痛烈な皮肉で魅せることのできる監督。

夏休みはこの5本だが、歴史を追いながら観ることで事実を知れたのは大きい。
それを堂々を撮れる韓国映画界の力強さには唸る。
(規制が激しい時代もあったようだが)
政権ネタ、外交ネタがそれだけ多いというのは辛い歴史でもあるが。

それだけ日本が平和なのか、勇気がないのか。
この違いが実力差に繋がる。

これからも韓国映画から学ぶことは増えそうだ。

映画「ボレロ 永遠の旋律」

音楽は好きだが疎い。
80年代の洋楽や邦楽はある程度の知識はあるが、
クラシックとかバレエ曲となると音楽の授業で習った程度。

曲を聴けば「あ~、あれね」とはなるが、作曲家も曲名も当てられない。
「ボレロ」もそう。
イントロを聴いただけでどんな曲かは分かるが、
作曲家も知らなければ、どんな場面で使われるのかも分からない。
映画館はいかにも音楽をやってそうな観客(勝手にそう見えただけ?)が多かった。

8月は意外と観たい映画が少ない。
子供向けや超娯楽作が多く、時間がある割には映画館に足が向かない。
そんな中で気持ちが動いたのが本作。
最近、フランス映画を観る機会が増えたが、本作もらしさを感じさせる。
凝った衣装を見るだけでもその気にさせる。

舞台は1920年代のパリ。
名曲といわれる「ボレロ」を作曲したモーリス・ラヴェルの生涯を描く。
「ボレロ」の誕生秘話的な要素が強いが、華やかな世界の裏側にある苦悩が中心。

モーリス・ラヴェルだけなのか、当時のフランス人がそうなのか、とてもお洒落。
どんな場所でもネクタイを締め、指揮するにも靴が気に入らなければ行動しない。
女性と戯れる時も服は脱がない。

温暖化が進む現代(ちょっと極端な例か)ではかなり厳しい服装。
細部までこだわる姿が創造力豊かな才能のようにも思える。
と同時に、何かに取りつかれたような拘りに苦しさを感じる。

ノー天気な性格では芸術家にはなれない。
ストイックであり禁欲であり完璧主義じゃないと素晴らしい音楽は生み出せない。
苦しんでいるような一生のように思えるが、彼には普通の生活。
やはり僕には無縁の世界(笑)。

ラヴェルを取り囲む環境を眺めると当時の音楽界や社交界がよく分かる。
どう評価されるか、どう表現するか、自己矛盾と戦うか、
ひとつの作品が一人の人生を左右する。

当時の最大で贅沢な娯楽がこの分野だといえるのだろう。
時には自分が知らない世界を見ることは必要。
音楽の素晴らしさもそうだが、一人の歴史を学ばせてもらった。

今も頭の中にボレロが流れている。

映画「ツイスターズ」

いい意味で裏切られた。
てっきりパニック映画と思っていたが、完全なヒーロー物。
それも強靭な肉体を持つ戦う戦士ではなく、
気象学者の女性が巨大な竜巻に向かっていくヒーロー物。

荒れ狂う竜巻がアメリカ全土を襲い、
そこから非難する人々を描く映画と思っていたが大きく異なった。
実際は竜巻から非難する人を描いているが、それは竜巻の恐ろしさを示す。
与える被害も甚大。

イメージは間違いないが、そのために予習はしなくて正解。
意外な展開にワクワクし、何も知らない方が数倍楽しめる。
本作を観る人は予備知識なしに映画館へ行った方がいい。

そういってしまうとブログで何を書けばいいのか。
う~ん、困ったな・・・。

アメリカでは1年間あたり平均で54.6人が竜巻の犠牲に合うという。
描かれる世界は大袈裟ではなく、深刻な環境問題。
竜巻を打ち消すための対策があるのも事実だろう。
あんな感じで対応しているかは不明だが、
瞬く間に襲い掛かる竜巻を指をくわえ見ているわけにはいかない。
その奮闘ぶりは命懸け。
迫力あるシーンが続く。

僕は本作を観て何となく懐かしさを感じた。
最新のSFX技術を駆使し舞台も現代。
あまり懐かしさを感じさせる要素はないが、
80年代の盛り上がっていたハリウッド作品を思わせる。

気象学者ケイトの生き様や彼女に対して
YouTuberのタイラーや竜巻リサーチ会社のハピら男連中の絡み方が正統派すぎる。
その見せ方が心地いい。
ほのかに恋愛を感じさせるくすぐったさにも惹きつけられる。

それは主役ケイトを演じるデイジー・エドガー=ジョーンズの魅力。
2年前の「ザリガニの鳴くところ」を観た時に今後、彼女に注目と書いたが、まさにその通り。
こんなチャーミングな、それも動き回れる気象学者がいたら、クラッとくる。
彼女の一挙手一投足を観に行くだけでも映画館に足を運ぶ価値はある。

どうしても夏休み期間は子供向けの作品が中心。
観たい作品が少ないのも事実。
そんな中で、大人も楽しめる夏休みらしい作品。
僕は一人で観たが、誰かと一緒に行っても満足度は高い。

ほぼネタを明かすことなくブログを書き終えて良かった(笑)。

映画「このろくでもない世界で」

止めておこうかと思いながらも観てしまった。
救いようの世界を見ても自分にプラスになることはない。
気持ちが塞ぐのは観なくても分かっている。

しかし、それを止められない自分がいた。
犯罪組織に巻き込まれ堕ちていく若者を見るのは辛い。
それは日本でも韓国でも同じ。
日本だったら白石和彌監督がどうしようもない社会を描く。
いや、北野武監督か。

暴力や犯罪でのし上がる姿は万国共通。
それには生まれ育った環境や深刻な家庭関係が影響する。
どんな国でもろくでなしの親の存在が子供の将来を危うくする。
今年観た代表的な作品でいえば「あんのこと」
ろくでなしが子供を不幸にする。

本作も向かう先は異なれど同じだ。
犯罪に手を染める18歳のヨンギュも犠牲者といえよう。
気づいた時にはもう抜け出せない状況。
ガラスに写った血だらけの自分の姿に絶望を感じた。

知ってか知らずか手を差し伸べる兄貴分のチゴン。
そんな地元の犯罪組織のリーダーにヨンギュが頼るのは必然。
このあたりがピリピリとした雰囲気を醸し出し闇の世界へ誘う。

レビューを読むと激しい暴力をウリとする韓国ノワールと表現されるが、僕からすれば人間ドラマ。
底辺から這い上がるとする男たちのやるせない生き様を暴力が代弁している。
「仕方がない」というセリフが頻繁に登場するのが実社会の証明。
今の韓国を実情を上手く表しているのかもしれない。

そう思うと韓国映画の幅広さには改めて感服。
主役はヨンギュ役のホン・サビンとチゴン役のソン・ジュンギ。
チゴンが地元の犯罪組織のリーダーとして周りを仕切っているが、
感情をほとんど出さず淡々と仕事を進めていく。

その姿がとてもクール。
初めてソン・ジュンギという俳優を知ったが、日本でもかなり人気があるのか?
かなりどぎつい作品だが若い女性の一人客が目立った。
多分、彼目当て。
こんな作品を観て、精神的苦痛を感じないだろうか。
とくだらないことを思ってしまった。

このような世界はどんな国でも考えられる。
犠牲となった若者は闇から抜け出せるのか。
ラストシーンは人や国によって解釈は異なるだろうね。
抜け出せることを期待したい。
僕は・・・。