今週の週刊ダイヤモンドの特集を興味深く読んだ。最近、毎日のようにニュースに取り上げられている就職活動についての特集である。タイトルが妙に意味深だ。
就職情報の提供を商いとする自分たちとしては、納得する面もあり???と首を傾げる面もあるが、総じて深く真相を捉えようとする編集者の姿勢は感じることができた。
つい先日、HRプロ主催の採用に関するイベントに参加したばかりなので、そこで明かされた企業の実態とこの雑誌で発表されたアンケート結果のギャップには、既に分かっている事とはいえ、企業の置かれる立場が容易に想像できる。
ここでも書かれているのは一部の人気企業と思うように学生が集まらない中小企業の存在である。最近はこの手の情報が増えていて、中小企業がクローズアップされているにも関わらず、学生にはまだまだ響いていない実態もあることも記事の通りだ。
(自分たちの努力も足りないということだ。)
今回の特集で改めて気づかされたことも多かった。
一つはここ40年の就職活動時期の変遷、もう一つは政府の若年者雇用対策の多さである。
40年の就職活動時期については、就職協定の期日によりかなり企業側の対応が揺れ動いているのが良くわかる。この業界に身を置いて既に20年以上経過するが、時系列の表にその変遷を眺めていると忘れかけていたバブル期や超氷河期の就職戦線を思い出す。
就職活動早期化の是正を激しく議論されている昨今ではあるが、1970年代は3年生の後半期に内定が出されているのだ。全く知らず、結構な驚きであった。
そして、政府の若年者雇用対策の多さ。何となく受け流していて事実をしっかりと把握していなかった面もあるが、この数の多さは正直驚いた。文部科学省、厚生労働者、経済産業者の縦割りの施策のせいもあるが、同じような対策が実に多い。利用者側の立場になれば、混乱を招くことも多いだろうし、予算面も含め無駄も発生している。
今回の特集でもそこの非効率さを的確についていた。
これまで若年層を取り巻く環境を誤解していた方も多いと思う。この特集がその誤解を解決しているとは言い切れないが、冷静な判断材料にもなっているだろう。
この事業に関わる者として、企業の採用のあり方、学生の価値観、行政の動き、我々の業界の動向など、考えさせられる面も多かった。
一筋縄ではいかない問題が数多く存在し、自分たちで解決できる面も限られている。というより、ほとんどないといっていい。
それでも、人の成長、企業の成長を通し、地域の発展に寄与することを自分たちは続けなければならない。
そう感じただけでも、この特集の存在は有効的なのかもしれない。
2011年02月の記事一覧:
2011年2月10日
週刊ダイヤモンド「就活の虚実」を読んで・・・。
2011年2月8日
今年初!会社説明会
本日、名大社の2012年卒向けの会社説明会を開催した。
自社の採用活動が、本日より事実上スタートしたことになる。昨年同様、若手の二人に運営を任せているので、実際に僕が絡む場面はそれほど多くない。16名定員のセミナールームに19名の学生さんが入りギュウギュウ詰めの状態。
(大変失礼しました。)
代表者からのメッセージは「10分でまとめて下さい!」と事前にキツく言われていた。より沢山のことを伝えたい身としては消化不良気味ではあるが、昨年の僕の話が長かったことが理由で予定時間をオーバーした反省から手短にまとめて話させてもらった。
何の脈略のない話にも参加してくれた学生さんは真剣に耳を傾けてくれていたし、大学の就職ガイダンスに参加した学生さんが結構出席してくれたことは違った意味でうれしくもあった。
説明内容は拙いパワーポイントで「うむっ」と感じる面もあったが、それでも二人の頑張りで説明会自体はかなりいい雰囲気で進行していったと思う。
また、説明会の最後には、グループに分け学生同士が話し合い質問を書き出す作業も行ったため、通常では考えられない質問も多く出た。
「社内恋愛はあるか?」「賞与はいくらか?」「転職を考えたことはあるか?」「社長をどう思うか?」等々・・・。
非常に答えづらい僕の対しての質問もあったのも正直なところがだが、ありのままを伝えたつもり。
結局、予定の時間をかなりオーバーしてしまったが・・・。
参加してくれた学生さんも積極的で礼儀正しく、世間で言われているようなネガティブな印象は全くない。最近は学生さんと接する場面も少なくなっているので、本日のようにダイレクトに話すことのできる説明会は僕にとっても貴重な場でもあった。
これからしばらく会社説明会が続いていく。
できるだけ多くの学生さんと接しながら、会社の魅力を伝えていくと共に学生さんの想いも感じていきたい。
2011年2月7日
映画「ディアドクター」を観る
ディア・ドクター [DVD] (2010/01/08) 笑福亭鶴瓶、瑛太 他 |
昨年のキネマ旬報1位の作品をDVDでようやく観る。
西川美和監督の前作「ゆれる」を観て、かなり揺れる思いになり人間の恐ろしさを感じたが、本作品でもその時程の冷ややかさはないものの、人間の揺れ動く様を感じた事は同様である。
可愛い顔して人の心を何ともえぐる監督である(スイマセン)。
作品の本筋とは異なるが、まず感動したのが香川照之である。TVの「龍馬伝」にしろ「坂の上の雲」にしても、今度の映画「あしたのジョー」にしても何でも出演する。どんな役でも演じられる。今回も医薬品メーカーの営業マンを微妙な立場で見事に演じていた。
僕とほとんど変わらない年齢でありながら、既に日本映画界の名バイプレイヤー。普通は60歳くらいになるとそんな存在になるとは思うのだが・・・。
本作品は笑福亭鶴瓶が演じるニセ医者の過疎の村の住民との生活を通して、人の善意や悪意(そうではなくずるさ?)を描いている。
僻地の医者不足や過疎化、高齢化など現実の社会問題をクローズアップさせながら、それを嫌味ではなく温かい視線で作られている。そのためか、おおよそ予測できるラストシーンも愛らしく感じたのかもしれない。
結局はどんな存在であれ、人と人は繋がっており、その背景には言葉にできない信頼がある。それは100%になる場合もあれば、50%を下回ることもある。同じ対象だとしても状況により変化するものでもあろう。
このような映画を見るとつくづく日本映画は素晴らしい。そして、好きなんだと改めて実感する。
家庭内で2時間のTV画面使用枠を確保するのが難しい昨今ではあるが、眠い目をこすってでもコンスタントに確保していきたいとDVD鑑賞後、感じたのであった。
2011年2月5日
オフィスをちょっと模様替え。
今週、オフィスの応接室の模様替えを行った。
以前はこのように重厚なソファーを置く、いかにも応接らしいお客さまを出迎えるつくりである。
中日ビル時代の社長室からそのまま持ち込んだ応接セットなので、当たり前といえば当たり前だ。
お客様を迎え、お茶を飲みながら話をする事を目的としていたためだ。しかし、今この応接室ではお客様を迎え挨拶することから、ちょっとした会議や打ち合わせ、求職者との面談など使用方法は多岐に亘っている。
そうなると、この重厚なソファーは案外使い勝手が悪かったりする。
今回、思い切ってこれまでのソファーを放出し、新しいデスクとイスを入れ替えた。それがこれ。
以前より部屋が広くなったような感じだし、何より雰囲気が明るくなった。予算の厳しさをもあり、懇意の業者にガチガチに交渉して購入したが、その値段の対してのクオリティは高いと満足をしている。
これで用途は更に広がった。静かに仕事を進めたい時は、こちらにノートパソコンを持ち込んで仕事をする事も可能。社長室に早変わりというわけだ。
いい事づくしの様だが、残念な点が1点。
ちょっと休みたい時に休めないということだ。これまで疲れた時には、ソファーにもたれながら目を閉じていた(つまり昼寝?)わけだが、それをするにはかなりしんどい。
ソファーの方がゆったりとできるのだ。
そんな個人的な思いは捨てるべき(当然だ!)。会社は仕事をする事を目的としている。
よりいい仕事をこの新しくなった応接で生み出していこうと思う。
2011年2月3日
新卒採用の在り方について考える。
一昨日から東京に入り、夜は大切な方との食事会。すっかりいい気持に酔っ払って宿泊。
翌日も前日同様、HRプロのセミナーに参加した。この日のテーマは「採用」で、それも新卒採用にフォーカスしての3つの講演が行われた。
1回目の基調講演は、リクルートワークス研究所所長 大久保幸夫氏によるテーマ「これからの日本を創る新卒採用の視点」。
まずは新卒採用の現状を大学生の増加、一般入試の減少、求人倍率の推移、学生の志向等、データを活用し、なぜ就職できない学生が増えているのかを報告された。そして、主題となる大卒新卒採用の変化を予言するとして、これからの就職活動の方向性と課題、企業と学生のあるべき姿を説明された。
外部環境は好景気・不景気だけでなく、企業のグローバル化、若者の思考性を含め、従来とは大きく変化しているのが実態だ。となると、これまで当たり前としてきた面接重視の採用手法も変わり、外国人も含めた求める人材像も異なってくるようだ。
今、巷を賑わしている卒業後3年も新卒扱いとする考え方も、今後の就職戦線に与える影響は大きい。
採用基準も、リーダーシップ、学習能力・思考力、モチベーション、ストレス耐性と変化対応力が重要になってくるようだ。それを見極めるには面接では限界があり、長期のインターンシップの活用など別の方法も企業側では実施する必要とのこと。
今すぐではなかろうが、そんな時代が目の前に来てるのかもしれない。
セミナー終了後に行われた講演者との交流会で、大久保氏に挨拶。名大社の存在を知ってもらっていたことは喜ばしかった。以前、名古屋で求人誌の編集長を担われていたのが理由。その当時、僕自身もリクルートの雑誌を営業として販売していたので、間接的ながら接点があったのかもしれない。
う~ん、世間は狭い。
第2講演は、パフの代表 釘崎清秀氏によるテーマ「採用担当者への提言『今こそ“顔の見える採用”を」である。
自己紹介の段階で、歌を唄い出したことには驚いたが、普段から懇意にさせて頂いている関係から、釘崎氏の伝えたいことは十分理解でき、熱いものを感じた。若者の現状に対しては、やはり大人である我々に責任があり、伝え育てなければならない。
その取組みに共鳴した人事担当者は多いのではないだろうか。少しでも共感者が増え、協賛企業が増えることを期待したい。
そして第3講演は、HRプロ代表の寺澤康介氏の「ここでしか聞けない 2012年度新卒採用 前半戦総括」であった。
どこの就職情報サービス会社にも属さない中立的な立場での報告は、その客観的な視点からとても説得力のある内容であった。東海地区と異なるのは、2012年卒採用は、前年と比較すると既に上向いているようだ。
東海地区ではまだその実感はないため、景気の回復具合も首都圏に比べるとまだまだなのであろう。その報告内容から、学生に対しての寺澤氏の持論を解釈すると、僕が普段から学生に抱く考えと近いことが良く理解できた。
それは最近、大学で講演をさせてもらい場合、よく学生に伝える内容でもある。そして、選考時期を遅らせる行為は、内定率を低下させると危惧されていた。学生の活動状況から、確かにそう思うことも多い。
三者三様、講演内容は異なり、学ばせてもらった点は多いが、三者とも共通した面も多かったように思う。
それは、これから未来を担う学生を育て支援しなければならないということ。その中で採用する企業も従前の方法ではなく、新たな考えでチェンジしなければならないということ。
採用の現場からそれを発信していくことが大切なのだ。
その中で、我々は何で持って貢献できるのだろうか。取り組むべきことはどれだけでもありそうだ。
2011年2月2日
人材育成について考える
昨日、HRプロ主催のセミナーに参加した。
以前にも拝聴した高橋俊介氏の講演である。著書をブログでも紹介したこともあるが、僕はこの高橋氏のキャリアの考え方に共感している。
今回のセミナーも非常に興味深い内容であった。
従来、日本の教育システムはOJTが中心で、欧米はOffJTが中心と言う。これまではその手法で、どちらもまずまずの成果を上げてきたわけだが、今後のビジネスのあり方を考えると従来の教育方法は限界があるようだ。
日本はOJTに頼りすぎた分、現実の環境では上司が人の面倒を十分に見られないし、欧米型のOffJでは長期的な観点で劣化してしまうという。
今後は、日本でも欧米でもなく、どうやって人が育つ環境を作っていくかが重要であるようだ。人が無理やり教育して育てるのではなく、仕事や人の付き合いを通して育つ環境にするかが今後の人材育成のテーマのようだ。
特にITが進んだ現状では、回りの社員(上司や先輩)の仕事の方法が分かりにくくなり、背中を見て感じることがなくなっている。
そりゃ一日中パソコンの前で座って仕事をしていれば、どんな仕事をしているかはイメージできないし、そこで何かを学ぶことは難しい。そもそも本当に仕事をしているかも怪しい。
人材育成の観点に立てば、ITの進歩は人と人の繋がりを少なくし、緊張感を無くしてしまわせてる点も多い。全てがメールで片づけられたり、会話がなくなり、ハードな交渉事も必然と少なくなる。本当はそんなことはないのだろうが・・・。
世の中が便利になることで失くしてしまうのも多い。この日も東京の大手町の会場に足を運んだのだが、携帯で交通アクセスを調べれば一発だ。どんな方法で行けばいいのかなんて、思考を巡らすことはないといっていい。それでは地図を読む行為がないため、全体像をイメージすることが欠けてしまう。
そんなことが人との結びつきでも言えるのだろう。
人の成長に資するコミュニケーションは業務的支援、内省的支援、精神的支援の3タイプがあるという。
業務的支援は同僚が関わり、仕事の具体的な中味について支援すること。内省的支援は先輩が仕事を府に落とす支援をすること、精神的支援は上司が失敗しても大丈夫だと励まし支えになることになる。
こんな表現では分かりずらいかもしれないが、その縦と横のコミュニケーションで仕事での成長を見出していくのだ。
これまでも自分のリーダーシップを含め、どう若手人材を育てけばいいのかを頭を悩ませてきた。それは今も変わらず続いており、人が成長する職場をどう構築していこうとずっと考えている。
きっと正解なんてないと思う。
しかし、今回のセミナーを拝聴し、沢山のヒントを頂けたと同時に腹落ちした面も多かった。頭に描いていることをより具体的な行動に起こす。まずはそこからなのかもしれない。
2011年2月1日
電通とリクルート
電通とリクルート (新潮新書) (2010/12) 山本 直人 |
巷で話題になっており、気になって手に取った一冊。
大げさに言えば、名大社は広告代理店として電通的な要素を持っており、また、メディアとしてリクルート的な要素を持っている会社である。そんな意味でも大いに刺激を受けた。
高度成長期において広告の「拡声と伝達」機能が消費の拡大に寄与し、それを牽引してきたのが電通であるという。マスメディアを駆使し、その商品の価値を変換させる発散志向広告として広告全体をリードしてきた。
一方で、リクルートは就職や旅行など多くの選択肢から選ぶことを目的とし、その編集スキルで巧みな検索を行い業界をリードする「収束志向広告」で成長してきた。
著書の中にも、電通に代表される発散志向広告が、「買う人の納得」を追及する一方で、リクルートの手がけた収束志向広告は「稼ぐ人の納得」を掘り下げようとしたと書かれている。
なるほどと納得させられる。
しかし、広告という手段を各々違う手法で展開し、ユーザーの関心を引き付けてきた両社だが、インターネットの出現と消費行動の変化でこれまでのビジネスモデルも変換してきたようだ。
広告が意味を書き換えていた時代は、その作り手が意味を教えていた時代ともいえるが、今は、モノの意味は人々が決めていく。本来、広告の持っていた創造された感性やストーリーは失われてしまったようである。
著者の山本氏は博報堂の出身で制作面では電通と競合し、人事の仕事ではリクルートと一緒に業務を行った方である。
両社の特徴を明確に分析し比較しながら、最終的には広告論として繰り広げられているといってもいいのではないか。
そして、今後、この両社が、また業界の末端である我々が広告という情報とどのように向き合っていくかが書かれている。
もしかしたら、この先に広告という名称は全く別のものとして取って代わるのかもしれない。広告と情報との垣根がなくなり、全てが広告であり、全てが情報という時代が来るのかもしれない。
「情報は未来を約束しない」
この言葉に多くの意味が隠されているようでならない。