今、世の中は「VUCA(ブーカ)」時代と呼ばれているらしい。 VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性) が増す世の中だということを意味している。 要は、先の見えない変化の時代が続いているということである。 北朝鮮情勢、トランプ大統領の暴走、自動車産業のEVシフト、AIの活用ナドナド、いくらでも不確実性の枚挙にいとまがない。 まあ、今に限らずいつの時代でも、不確実性はつきまとっていた。 しかし、この情報化の中では過去に比べ特別にスピードが速く感じられるのも事実だろう。 良いサービスが生まれるのも速いが、飽きられるのも速いこの貪欲な消費社会では、 真面目にコツコツと変わらない仕事を続けていくことは、 (人間の営みとして大事な価値観であるが) それが厳しい市場原理の中で生き残っていける保証はない。 あのベストセラーの日清のカップラーメンでさえ、微妙に毎年味を今時に合わせて変化させていると言う。 同じテイストで変わらない美味しさを提供しているように見え、 裏では毎年美味しさを変化させ時代に合わせている努力は素晴らしい。 突然だが「PSYCHO-PASS サイコパス」(2012年フジテレビ)というアニメを最近見て大変面白かった。 少し説明をしよう。 舞台は人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測を可能とし、 それを数値化する機能を持つ「シビュラシステム」というシステムが導入された未来の日本。 その中でも、犯罪に関しての数値は「犯罪係数」として計測され、たとえ罪を犯していない者でも、 規定値を超えれば「潜在犯」として裁かれていた。 そしてサイコパスという数値が、人々の適正を判断し適応可能な職業を決める、強制的な指針となっている。 簡単に言うと、個人の属性が、未来の変化も含め全てが数値化された世界の話だ。 その数値を見れば、全ての個人的な決断は必要ない。 数値化されたデータからその人にとって最適な人生設計が用意されていて、人はそれに従って生きるのだ。 そこに「他の道もあったかもしれない」という迷いがない。 決断がないから迷いもなく、苦しみもない。 全てが考えなくてもシステムに従えば最適解なのだから。 しかし、物語ではそこにある特異な「免罪体質」の属性をもつ犯罪者があらわれる。 彼の犯罪係数が「シビュラシステム」では計測できないのだ。 そのため犯罪係数の一定の基準値で犯罪者認定をすることに慣れてしまった警察は、 目の前で犯罪が行われていても計測できない彼を捕まえることができないのだ。 これは見ていても大変滑稽な状況だった。しかしこれは採用の現場でも同じようなことが想像できる。 以前から採用の現場では採用試験やSPIなども含め、応募者の数値化をずっと考えている。 HRテック(https://jinjibu.jp/keyword/detl/806/)の重要性と今時の流行は必然だと思うし、 これから大変ワクワクするようなことが採用全般で行われることになんの疑いもない。 また応募者の属性の何らかの数値化は、 何となくの感覚での採用で一喜一憂しているよりは確実にPDCAが回るだろうと思う。 しかしそれはあくまでも採用の際の1要素でしかない。 (数字は採用の際のコミュニケーションツールだと思う) 定量化する数値のみでの採用を夢想するようなシステムは、 このサイコパスの世界にある「シビュラシステム」というシステムと同じように 「定量化できないモノ」に出会うことになる。 採用マーケティングや、良い人材のペルソナを考えることは大変重要だと思う。 しかし採用の効率性や生産性を考えての過度な人材の数値化は、逆に採用する側の思考をストップさせてしまう。 恐れることは数値以外を見なくなることで、それにより人材の総合的な判断をする能力がなくなることだ。 時代はVUCAだ。 求められる人材像も、市場も、そして自社も絶えず変化していく。 自社の必要とする人材像の選定もますます難しくなるだろう。 誤解を恐れずに言うなら、採用の際の人材の判断に、生産性はいらない。 どれほど手間暇をかけてもいいと思う。 面接などは、何度でも何時間でも納得するまでやればいいと思う。 これから何十年も活躍する人材が見極められるかどうかに 一体どんな生産性の方程式が当てはまると言うのだろう。 名大社は今日で仕事納めです。 みなさま良いお年を。 以上、高井でした。