作家の井上ひさし氏の言葉に、
『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、
ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと』
というものがある。
最初これを知った時、表現を心がける時のいい言葉だなぁと感心し、
難しく→優しく→深く→愉快な→真面目な
の順番に大事なことだと理解して含蓄のある言葉だと思っていた。
ところが最近『夜中の電話』(集英社インターナショナル)という井上ひさしの娘さんの本を読んでいて
井上ひさしのこの言葉には続きがあることを知った。
それはこうだ。
『まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、
ひかえめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと』
これを読むと「むずかしいことをやさしく…」は後になるほど大事なことを言っていると言うような
簡単な解釈ではないことがわかってくる。
この続きの言葉はわかりづらい。
真面目なこと→だらしなく→まっすぐ…そんな表現があるだろうか?
この本によれば、生前に井上ひさしの書斎の机の前には紐が吊ってあり、
その紐にいろんな言葉のメモがクリップでつけられていたらしい。
それは自戒の意味で、彼の創作への基本姿勢として生前ずっと吊られていたらしい。
著者である娘さんによれば、彼は物事には常に裏と表があり、その両方を網羅して物を見なくてはならない、と考えていたと言う。
でもえらく難しいことを言っている。
これはわかるような、わからないような。
でもその難しさは大事に感じる。
いつも人は物事を単純にしようとする。つまり難しいこと複雑なことよりも、シンプルに簡単に、が現代のモードだ。
「このスライド、すごくシンプルだね」という言葉は褒め言葉で、
コミュニケーションが重視される現在は「わかりやすいこと」は至上の価値だ。
このネット情報の波の中で、googleもYahoo!もAmazonのレコメンドもFacebookも
自分に最適化した嗜好性に会った情報をお節介に与えてくれる。
ある種のわかりやすい咀嚼を持って。
そのテクノロジーのおかげで。
けれど、シンプルでわかりやすい世界では、僕たちの視野は狭まり、世界は「断片化」されている。
単純化された世界は見通しは良いが、単純で深みが無く、面白みがない。
『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、
ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと
まじめなことをだらしなく、だらしないことをまっすぐに、まっすぐなことをひかえめに、
控えめなことをわくわくと、わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと』
よく意味はわからないけれど、思考を刺激して、何かわからないものを指し示してくれる、いい言葉だ。
以上、高井でした。